【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第74回 B面の感覚をA面レベルにまで持ってゆく、神秘のヴェールに包まれた伝説の歌姫 by カワムラユキ
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカワムラユキさんです。
圧倒的で唯一無二な存在感を放ちながらも、神秘のヴェールに包まれた伝説の歌姫、中森明菜に関するニュースが賑やかだ。初の野外フェス出演で小室哲哉と共演、プロデュース曲の「愛撫」や「MOON LIGHT SHADOW~月に吠えろ」の歌唱から、TM NETWORK「Get Wild」を他の出演者と歌うという歴史的大盤振る舞い。「DESIRE-情熱-」ではカラオケでも有名な観客による合いの手も受け入れつつ、「生きてたぞ~」と絶叫するなど、真っ向からワイルドな生き様を全肯定するポジティブなバイブスを解放。
香取慎吾がSOIL&”PIMP” SESSIONSを迎えてカバーした「TATTOO」にデュエットで参加した際、レコーディング風景のショットが瞬く間にSNSに拡散されると、明菜様(以下、姫)がParadise GarageのTシャツをお召しになられていると。天国のラリー・レヴァンも姫の完全復活を祝福しているのか、全国津々浦々のガラージ愛好家も巻き込んで界隈は大騒ぎ。歌謡曲という主軸を大切にしながらもラテンにジャズ、テクノポップ、ソウルと多種多様な音楽の可能性を縦横無尽に駆け巡りながら、確実に己のスタイルに昇華する手腕。そして幾度となくリバイバルを繰り返し時代を越えて愛され続ける様は、クラブカルチャー創世記の伝説的DJラリー・レヴァンとの共通点とも言えなくもない。
姫がセルフプロデュースに長けた方であることは周知の事実ではありますが、80年代歌謡曲黄金期に生み出した名曲たちやエピソードについては音楽業界に於いては既に教科書に太字で刻まれてあることなので今更、ここで触れる必要はないかと思われます。しかし更に深掘りして評価されるべきなのはB面の姫。
それはアバンギャルドで先進的、未だに似ているものが見当たらない貴重なアルバム『不思議』をご存知だろうか?先ずは『BITTER AND SWEET』や『D404ME』で錚々たるのミュージシャンや作家達を多数召喚しながらも、見事に姫の歌とオーラによって、後世に残るクオリティの高い音楽作品を産み出してゆくという、万全の態勢はチームとして既に整いつつあったとはいうものの、シングル曲を含まないコンセプトアルバム『不思議』は時は86年、バブル絶頂期で業界が潤っていたとはいえ攻めた企画だったように思う。
姫自身が提案した不思議というコンセプトを軸に、作家陣には吉田美奈子やSANDII、久保田麻琴などを迎え、全面的にアレンジは「TATTOO」の作家でもある関根安里によるEUROXが担当。姫のボーカルがトラックと一体になって聞こえるという仕上がりの、歌がメインで他は伴奏という歌謡曲の通例をぶっ壊したサウンドを世に放った。不思議な音楽体験を国民的歌手という立場でありながら、颯爽とお茶の間レベルに持っていってしまうという快挙。3週連続でアルバムチャート1位と年間チャートでも15位を記録するという、絶頂期の姫の実力は計り知れない。当時ヒットしていた映画「エクソシスト」の音楽と、マイク・オールドフィールドにインスパイアされたという説もあるが、真相は定かではない。まさに不思議。
B面の感覚をA面レベルにまで持ってゆくのは、至難の業。あらゆるエフェクトや化粧を拭い去っても印象として残るのは、姫の表情と声がロウトーンでありながらテンションの乱高下すべてを表現できる類稀なるアーティストであるということ。そして95年に「原始、女は太陽だった」を発表する頃には、不思議の感覚も成熟を迎え、摩訶不思議な領域まで到達してしまったように感じた。ここからはA面とかB面という概念すらなくなって、すべては姫の思うままに物事は運んでゆくのでしょう。