【ポップの羅針盤】第16回 Mrs. GREEN APPLEが『CEREMONY』で見せた「受賞のない授賞式」の未来像 by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

「アーティストが互いのことを心の底から認め合うのは、実はすごく難しい」。

大森元貴はそう語った。

2025618日にKアリーナ横浜で開催された『Mrs. GREEN APPLE presents “CEREMONY”』。5時間半におよぶエンタテインメントショーの最後に、彼はこの日への思いを告げた。

「アーティストは孤独との戦いだと思っています。魂を込めて作れば作るほど、弱い自分を隠すように、困難を乗り越えるために、どうしても強くならなきゃいけない。そのためにどうしても砦の外壁を大きくしてしまう生き物だと思っています」と続け、「でも、僕は今日心の底から拍手が出てきた自分に、本当に感動しました」と、晴れやかな笑顔を見せた。そしてこう語った。

「このイベントに何の意味があって、どこに向かっていくのか……。きれいごとを少しずつでも絶やさず続けることによって、この先の日本の音楽の未来が作られていくと思っています」

この一言に、胸を打たれるような感触があった。この人は未来を見ているんだ。そう思った。自分のことだけじゃない。この先にどんな時代が訪れてほしいのか。そのためには何をすればいいのか。そういう視座からクリエイティブに携わり、振る舞っているんだ。その姿勢を目の当たりにした実感があった。

CEREMONY』はまったく前例のない試みだった。「お互いの音楽やカルチャーを讃え合い、交わり合う」をコンセプトにMrs. GREEN APPLEが新たに立ち上げたエンタテインメントメディア。出演したのは、Mrs. GREEN APPLEをはじめ、ATEEZ、日向坂46HYLE SSERAFIMM!LKMy Hair is Badthe engyTOMOOの計9組。ミセス自らがキュレーションした、国もジャンルもさまざまなアーティストたちだ。

「ファッションや音楽、カルチャーが融合した、新しいエンタテインメントショー」とコンセプトにあった通り、そのステージは従来のライブやフェスとは一線を画したものだった。客席の最前方には円卓が並ぶアーティストラウンジが設置されていた。そこでは出番前、もしくは出演後のアーティストたちがくつろぎながら他のアーティストのパフォーマンスを観覧していた。スタッフたちはフォーマルな衣装をまとい、VIP席の観客にもドレスコードが指定されていた。ペンライトなどの応援グッズの使用は禁止されていた。

開演前には会場の「グリーンカーペット」をアーティストが歩き、マスメディアの取材を受けていた。華やかな式典を思わせる会場のムードは、ライブイベントというよりもグラミー賞などのアワードに近いものだ。ただ授賞式と大きく違うのは、誰かがそこで受賞するわけではない、ということ。コンセプトにあった「プライズ(PRIZE)とはまた違う、プレイズ(PRAISE)というスタイル」というのはそういうことだろう。アーティストが互いに称え合うこと。そしてその様子をオーディエンスに届けること。それが『CEREMONY』の目指しているものだ。

だからこそ5時間半のショーは、それが音楽の新しい伝え方として機能していた。計9組の出演陣は、アイドル、バンド、ダンス&ボーカルグループと、それぞれ違うフィールドで活躍するアーティストたちだ。集まった観客の中にはそれぞれの「推し」がいる人も多かったはず。そして、おそらく全員のライブを観たことがある人はほとんどいなかったのではないだろうか。それでも、この日をきっかけに好きな音楽が増えた人はたくさんいたはずだ。

主催者であるミセス自身がメディアになり、他の出演陣の魅力を紹介していく。『CEREMONY』はそんな1日となっていた。もちろん、そういう意図をもって開催されるアーティスト主催のフェスは他にもある。たとえば氣志團の主催する『氣志團万博』のようにジャンル越境型のフェスもある。

ただ、『CEREMONY』の最大の特徴は華やかなムードの中でお互いが称え合うムードを感じさせる場の設計にある。何より大きいのは、ミセスの3人を筆頭にしたこの日の出演陣のラウンジでの姿がビジョンに映し出されること。他のアーティストのパフォーマンスに盛り上がって一緒に踊っていたり喝采したり拍手したりする。パフォーマンスが終わると、司会者のインタビューでアーティストたちが感想を語る。「アーティストが他のアーティストのパフォーマンスを観ている姿」も含めてショーとして成立しているエンタテインメントは他に類がないものだと言っていいだろう。

筆者が以前に大森元貴にインタビューした際、「あえて今のミセスのライバルを挙げるならば?」という問いに、彼は「ジャンルという概念じゃないかと思います」と答えてくれた。バンドでもアイドルでも、日本ではジャンルの壁がとても大きい。それによって育まれる文化もあるけれど、ルールや固定観念のようなものもある。そんな風に語っていた。その問題意識が『CEREMONY』開催の背景にあったのだろう。

CEREMONY』は来年もKアリーナ横浜で610日(水)、11日(木)の2デイズにて開催される。きっとその先も続いていくだろう。そして、それこそ『AIR JAM』や『京都大作戦』からアーティスト主催型フェスのカルチャーが広がったように、こういう「受賞のない授賞式」としてのエンターテイメントショーを主催する動きがミセス以外の他のアーティストに広がる可能性だってある。これが新しい当たり前になっていく未来はとても楽しみだ。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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