【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第65回 本格的な風の時代突入と共に、潮風は追い風となって新しいストーリーを by カワムラユキ
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカワムラユキさんです。
今年の梅雨入り前に長く暮らした渋谷を離れて、湘南エリアに引っ越したのは、都会の酷暑に耐えられる自信を失ったからというのと、ライフスタイルの変化が主な理由だった。量販店で買った食材ではなく生産者と近い距離の商店から新鮮な野菜を手に入れたいとか、漁港に隣接した市場で鮮度の良い魚を買って料理がしたいとか、流通というレールにインフラを左右されない生き方。音楽においては10代の頃からインディペンデントなムードが漂うものを好んでいたけれど、衣食住もそんな感じになってしまった。大人になってから新幹線以外の電車に長く乗ることもなかったけれど、今年は湘南新宿ラインや東海道線が最も多く乗った年に。辻堂、藤沢、平塚など何となくそれぞれの駅に個人的な想い出があり通過の度に記憶がよぎる中、茅ヶ崎を通る度に思い出すのはSuchmosのことだった。
出会いはテン年代半ば、KANDYTOWNの呂布をフィーチャーした名曲「Girl」の音と佇まいに一気に魅了され、彼らの拠点である茅ヶ崎や湘南を舞台にした数々のMVで見せる無骨な男っぽさと色気に惚れ込んでしまったのだ。渋谷WWWでの伝説のライブに潜り込んだり、ゲリラライブが行われる情報を聞きつけて宮下公園前の歩道橋に急いで向かったり、すっかり追っかけと化していた自分の情熱が今となっては懐かしい。「Stay Tune」の大ヒット以降は全国区の知名度も手にして、湘南と渋谷界隈のSuchmosではなくなり、サッカーとの親和性も相まって挙句は紅白にまで登場するバンドに。久しぶりにインディペンデントやローカルのバイブスを抱えたまま、評価に見合ったサクセスストーリーを見せてくれて、たくさんの夢と勇気を与えてくれたと思う。
多忙を極めても帰る場所は必ず地元の茅ヶ崎で、SNS全盛期にありながらも適度な距離を持ち、メンバーの結束もかたい硬派な男たち。音楽業界も日本もまだまだ捨てたものじゃないなと。そして2021年2月に活動休止、熱狂は冷めて大人の青春が終わったと。永遠なんてない事は過去の経験から学んではいたけれど、喪失感は凄まじかった。
メンバーそれぞれのミュージシャンとしての活動は絶える事がなかったので、様々な場面で見かけていたが、残暑長引く秋の夜、来年6月の横浜アリーナでのワンマンライブ開催決定と再始動のニュースを見つけた時は久々に心が躍った。その悦びのリアリティは、今自分もSuchmosと近い湘南に住んでいるからというのもあるが、きっとそれだけが理由ではない。2020年から始まっていたプレ期を経て、2024年11月20日より本格的に風の時代に突入したことが大きく、潮風は追い風となってSuchmosを、そしてこの街に暮らす私たちを新しい境地へと導いてくれると信じていたい。