【ポップの羅針盤】第11回 「文化的雪かき」と「知的重機」、その先にあるものについて by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

知性や創造性って、本当に1人の人間に内在しているものなのだろうか? 

 賢さとかクリエイティビティとかって、特定の個人にスタンドアローンで備わっている能力のことなのだろうか? 最近、そんな問いについて考えることが多い。

 もちろん突拍子もないことを言っている自負はある。頭の良い人もいれば、そうじゃない人もいる。それは当たり前の常識。クリエイティブに秀でているかどうかの違いだって当然ある。アーティストやクリエイターの特別なスキルやセンスを否定するようなつもりは全くない。

 でも、近い未来に今は誰もが当たり前と思っている常識や価値観自体が変わっていくかもしれないという予感がある。ひょっとしたら、特定の個人ではなく、人と人や情報と情報の膨大なネットワーク的な結びつきのほうに、知性や創造性の本質があるのではないだろうか。アカシックレコードのような巨大な「知」の集成がある。そして、人はそこにアクセスすることのできるひとつの端末に過ぎない。そこにどれだけ深く踏み込めるか。そこから何を読み取れるか。それがその人の賢さやクリエイティビティを左右する。AIが完全に普及したあとには、そういう人間観のほうが普通になっていくんじゃないだろうか?

 122日に刊行したエンターテック・エバンジェリストの山口哲一氏、音楽マーケティングスタートアップ・LABの代表・脇田敬氏との共著『音楽未来会議 4つのテーマで読み解く「これまでの10年」と「これからの10年」』の中で、そういうことについて語った。

 本は音楽業界や音楽シーンの過去と未来について様々なトピックから語ったもの。たとえば「ヒットとブレイクの10年」という章では、TikTokのアルゴリズムから数々のヒット曲が生まれてきた2020年代の潮流について語っている。アルゴリズムによってコンテンツそのものが持つ「人の興味を喚起する力」が増幅され、それによって人々が操作される。そういうアテンション・エコノミーの向こう側にあるものについて考察している。

 「マネーとクリエイトの10年」という章では音楽著作権ファンドについて語っている。ストリーミングサービスの普及によって旧譜が収益を上げる比率が大きくなってきたということ。そうなると音楽の目利きでなくとも統計的に売り上げを予測することが可能になり、金融や証券業界から音楽が投資対象と捉えられるようになってきているということ。ここ最近、海外の音楽著作権ファンドが大物アーティストの権利を次々と買っている潮流の背景にはそういうことがある。ナイル・ロジャースらが立ち上げたヒプノシス・ソング・ファンドはニール・ヤングやレッド・ホット・チリ・ペッパーズ。ABBAのビョルン・ウルヴァースらによるポップハウスはKISSやシンディー・ローパー。名盤や名曲をIP(知的財産)として再定義しその価値を向上させる資本主義的な営みが勃興しつつある。そういうことについても解説している。

 そして最後に語ったのがAIについてのこと。AIの普及は「そもそも創作とは何か?」というところまで立ち戻らされるようなスケールの大きな変化を社会にもたらすと思っている。それは音楽に限らず知的活動のあり方をひっくり返してしまうようなもの。村上春樹が『ダンス・ダンス・ダンス』の中で書いていた「文化的雪かき」のアナロジーで言うならAIは「知的重機」のようなもので、AIはブルドーザーのような巨大な力で「文化的雪かき」の仕事を為していく。だからそれに立ち向かおうとか勝ち負けを競おうなんていうのはそもそも無駄なこと。それでも重機は人間が操縦しているわけで、そこに人間の意思が介在している。つまり、何かを成すという人の意思があるかどうかが、「創作とはどういうことか」という問いへの、ひとつめの答えになるんじゃないか。そういうことを語った。

 ちょうどその原稿をまとめた時に聴いていたのが、KREVAの「Forever Student」だった。219日にリリースされる最新アルバム『Project K』に収録される新曲。インタビューやラジオで語っていたことによると、KREVAは最近トラックメイキングに生成AIを活用しているらしい。プロンプトを打ってAIが生成したトラックをカットアップしてサンプリングし、それを素材に新たなトラックを作る。そういうことにトライしているという。

 ヒップホップのカルチャーはサンプリングと共に勃興してきた。KREVAも初期はレコードのサンプリングから多くの楽曲を作っている。けれど著作権と許諾の問題でサンプリングが難しくなり、ある時点からはシンセを中心にしたトラックメイキングに変わってきた経緯がある。それを経て、ここ最近は再びサンプリングの手法に戻ってきたのだという。しかもサンプリングの対象はAIが生成するわけだから無限にある。どんなプロンプトを打つかにも、生成されたトラックのどこをどう切り取るかにも、トラックメイキングの腕が試される。結局のところ、何を選ぶのか。何をアリとするのか。それがクリエイティブの鍵になる。

 未来はどうなるかわからない。でも知性や創造性のあり方は、今、メキメキと音を立てて変わっている。そんな実感がある。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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