【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第66回 冬の生活 by 狗飼恭子
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは狗飼恭子さんです。
村に冬がやってきた。移住して4年目を迎えたけれど、いまだに冬の寒さには慣れない。寒冷地の家はどんなにストーブを焚いても暖かくなりにくい。白い息で手を温めながら、昼間の、ほんの短い太陽光がさす時間を楽しみにしている。
窓が大きくて陽が当たるお気に入りの場所がある。昼ちょっと前に起き出して、寝ぼけた体でそこへ行き、まあるくなって背中に陽を当てる。当たっているのは背中だけなのに、体中に陽の光が回るのを感じる。ほかほかになって固まっていた体がゆっくりほどける。ああ幸せだなと思う。わたしは陸亀と一緒に住んでいるので、陸亀も一緒に陽に当たる。陸亀は太陽光を浴びないと生きていけない生物なので、冬の、このお昼間の短い時間はとても大事だ。窓の外には冬の澄んだ空が見える。そうして、今日も生活をしているな、とぼんやり思う。
わたしは冬、家をほとんど出ない。道が凍結して危ないので、打ち合わせもなるべくオンラインにしてもらう。食料はまとめ買いする。どうしても家を出なければならないときは、用事をまとめて一日でこなす。お友達と遊びに行ったりはしない。不要不急の外出はせず、家の中にずっとこもる。寝て、起きて、ご飯を食べて、お仕事をして、陸亀のお世話をして、本を読んで、配信だったりテレビだったりYouTubeだったり何かしらの映像を観て、ちょっと遊んで、お風呂に入って、眠る。その繰り返しで冬はできている。映像を観る気分じゃないときは、編み物をする。編み方は適当。ただただ長い棒を二本動かしてできる、毛糸のマフラー状のものを延々編み続ける。編み目も全部一緒だし、使い道もない。でも編む。編むのは好きだ。意味のないことをしているとなんだか贅沢な気分になる。
編み物をするときはだいたい音楽を聴いている。冬は静かだから、なるべく音の数の少ない歌がいい。ピアノやギターと人の声だけのシンプルな音楽がいい。たとえば、羊毛とお花の「冬の歌」。音に合わせて、ゆっくりゆっくり手を動かす。一目一目編み目を増やしながら、一年のいろいろを振り返る。冬の寒い日は「なんであんなことしてしまったんだろう」「あんなこと言わなきゃ良かった」って後悔してしまうことが多いから、音楽はなるべく優しくあって欲しくなる。もうずっと会ってないあの人やあの人は元気だろうか。思い出しながら口ずさむ。
「小さな失敗は誰でもある」
「ありがとうって気持ち 伝えたい人がいてよかった」
「雪が降った日だけ 正直になれるならよかった」
羊毛とおはなの音楽は、冬の生活を送るわたしの背中を優しくなでる。使用用途の分からない毛糸の何かを編みながら考える。わたしも正直になれるかな。なりたいな。
たぶんもうすぐ雪が降る。春になったら、あの人やあの人に会いに行こう、そう思う。
小説家とエッセイスト 狗飼恭子 LINK
18歳のときに詩集「オレンジが歯にしみたから」(KADOKAWA)を上梓。その後、作家、脚本家として活動を始める。主な著作に小説「一緒に絶望いたしましょうか」、エッセイ「愛の病」(共に幻冬舎)などがある。また、主な脚本作品に映画「風の電話」(諏訪敦彦監督)、映画「ストロベリーショートケイクス」(矢崎仁司監督)、映画「百瀬、こっちを向いて。」(耶雲哉治監督)など。近作に、ドラマ「忘却のサチコ」「竹内涼真の撮休」「神木隆之介の撮休」や映画「エゴイスト」(松永大司監督)などがある。