【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第42回 変わりゆく渋谷の中で、時代に寄り添いながらも、変わらずに歌い続けてくれる渋谷系の女王 by カワムラユキ
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカワムラユキさんです。
目に映るすべてが刺激的だった90年代の青春、渋谷に行く事ばかりを考えていたあの頃。好奇心の矛先はモンドなレコード、再発CDで聴く60年代のサントラ、ネタ元と呼ばれる最新クラブヒットのサンプリング楽曲たち。レコードショップでは、トレンドを先取りしたPIZZICATO FIVEのクールな新譜が頻繁に流れ、信藤三雄さんのアートディレクションによるCDジャケットの野宮真貴さんは、いつもスタイリッシュな佇まい。レトロなメイクやモードなファッションも最新型にアップデートして、エレガントな声質でどんな楽曲でもお洒落に昇華してしまう。このムーヴメントは渋谷系と呼ばれ、その渦中で輝いた野宮真貴さんは渋谷系の女王と称されるように。何もかもに魅了され、若き日々のDNAに刷り込まれ、私は夢中に。
デビュー40周年を迎えた野宮真貴さんの活躍は現在進行形。Instagramで拝見した2023年11月に行われたH&Mとラバンヌのショッピングパーティでは、60’sのアイコニックなドレスを纏い、名曲「Twiggy Twiggy」を歌唱。90年代に成功をおさめたPIZZICATO FIVEのワールド・ツアーを彷彿させるパフォーマンス、そして驚きなのは艶やかな歌声は勿論のこと、スラリと伸びた美脚にくびれたウェスト。巨匠のドレスを変わらず見事に着こなし歌う姿に、ゲストで訪れた小室哲哉氏が「野宮さん、変わらないね〜」とコメントしたとの事。小室氏がMCを務めていたTV番組「TK MUSIC CLAMP」に出演した回をVHSに録画して見ていた90年代の記憶とリンクした瞬間。他にもCHANELにBARNEYS NEW YORKなど、ファッションと音楽を結びつける場にゲスト出演する機会が多かった様子。バレンタインライブには、バンマスに堀江博久氏を迎え、Coneliusの小山田圭吾氏、ドレスコーズの志麿遼平氏、ザ・スクーターズのゲスト出演を予定しているそうで、音楽業界の森羅万象を結ぶミューズとしての活躍も更に目覚ましい。
時の流れと共に、人気のクリエイターやモデルもいつの間にか消えてしまったり、歳を重ねて変わり果てたりと。私自身も熱は冷めて、合理的な社会の歯車の一部としてサヴァイブしながらも、毎日のように音楽の存在に救われながら、心だけは何とか息をしている有り様。だけど野宮真貴さんは時代に寄り添いながら、絶えず時代ごとのお洒落を見出しては、颯爽と歌いながら定義してくれていた。コロナの時期を乗り越えられたのは、あの頃の体験と共に存在が心の支えになっていたからと思う。
今夜も夜7時過ぎに、青山方面から道玄坂にある私が運営するウォームアップ・バー「渋谷花魁」に向かう。店を始めた2010年の少し後、この時はテン年代と呼ばれるようになった。テン年代は二度目の青春だったような気がするけれど、2020年を迎えて劣悪な社会情勢に拍車がかかり、きっと大人の誰もが息をつく暇もない。タクシーの運転手さんに東急本店を左折と伝えそうになって、思わずやめた。変わらずあると思っていたものは、いつの間にかなくなっていた。変わりゆく渋谷の中で、変化を楽しみながら変わらずに歌い続けてくれている野宮真貴さんの存在は偉大だ。名曲「東京は夜の七時」を時報がわりに口ずんでしまう本能を養ってきた自分のことも誇りに思う。渋谷花魁に着いたらバー・カウンターで野宮真貴さんが授けて下さったオリジナル・カクテル「Miss Maki Nomiya」を飲みながら、今夜が特別な夜になることを祈ろうと思う。