【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第88回 ハナレグミはすごい by 狗飼恭子
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは狗飼恭子さんです。
「イヌカイさん、絶対これ好きだと思うんですよね」
と、ある日CDを貰った。
まだ知り合ったばかりの人だったので、彼は一体わたしの何を知っていてこの音楽を好きだと思ったのだろうか? と疑問に思った。他者に「好き」「嫌い」を勝手にジャッジされてあんまり好みじゃなかった場合、センスのない人だと思われてるみたいでちょっと落ち込む。
だからこの時も少し構えて受け取った。
聴いてみた。
好きだった。
それがわたしのハナレグミとの出会いだ。
ハナレグミはすごい。
もちろん曲もいい。詩もいい。シタールとか鳥笛とか変わった楽器を使ったアレンジもいかしてる。すごい。
SUPER BUTTER DOG時代に発表された「サヨナラCOLOR」は竹中直人監督、原田知世さん主演で映画化もされた。これは現在の「有名な楽曲を元に映画を作ろう」というブームの先端を担ったのではないだろうか。ストーリーを想像させることのできる曲というのはけして多くない。それだけ楽曲にドラマがあるということだ。すごい。
そして何よりハナレグミのすごいところは「声」である。
とにかくこの人は日本で一番いい声を持っているのではないだろうか。もちろん主観である。声量や音程やリズム感はある程度訓練で研げるだろうけれど、「声」は神様からのギフトでしかない。この声を得た時点で歌うことを義務付けられていたとしか思えない。
たぶんハナレグミが歌ってくれさえしたら適当な鼻歌ですら切なく甘くドラマティックに刺さるだろう。事実、たくさんの名曲をカバーしていて、よく知っている歌の新しい魅力を教えてくれている。
「おあいこ」という曲がある。
作詞作曲は永積崇さんではなく野田洋次郎さん。この歌を歌う永積さんの声は、本当に本当にすごい。
ずるい ずるい ずるい
ずるい ずるい ずるい
僕はずるい ずるいよ
(中略)
君が望むよりも 僕はバカじゃないよ
君が思うよりも 君は全然賢くもないの(※)
詩だけ読むと、すでにこの愛は終わったのかなと思う。でも歌を聴くと、許すことができなくても一緒にいるしかない人を想う曲に聴こえる。恋人への愛情と甘えと侮蔑。数々の感情が折り重なって存在する。
わたしは脚本家を生業としているため、文字が立体になり感情や物語を立ち昇らせる瞬間に立ち会うとついぐっと来てしまう。ハナレグミが歌うことで、「おあいこ」はそういう曲になった。すごすぎる。
もしわたしが日本の楽曲をもとにした映画を書かせてもらえるなら「おあいこ」がいい、とこっそりずっと思っている。
前述した、知りあって間もない人にハナレグミのCDをもらったのは、もうずいぶん前のことだ。
その人とはずっと会っていない。けれどハナレグミを聴くたびに、少しだけその人のことを思い出す。あの人は元気かな。今もまだ、誰かにCDをあげたりしているのかな。それとも、わたしだけにくれたのかな。
あの人はどうして、わたしがハナレグミを好きになるだろうことが分かったのかな。
その思い出も含めて、なんだかものすごくハナレグミっぽいな、と思う。
【注釈】
※ハナレグミ「おあいこ」(作詞:野田洋次郎)より
小説家とエッセイスト 狗飼恭子 LINK
18歳のときに詩集「オレンジが歯にしみたから」(KADOKAWA)を上梓。その後、作家、脚本家として活動を始める。主な著作に小説「一緒に絶望いたしましょうか」、エッセイ「愛の病」(共に幻冬舎)などがある。また、主な脚本作品に映画「風の電話」(諏訪敦彦監督)、映画「ストロベリーショートケイクス」(矢崎仁司監督)、映画「百瀬、こっちを向いて。」(耶雲哉治監督)など。近作に、ドラマ「忘却のサチコ」「竹内涼真の撮休」「神木隆之介の撮休」や映画「エゴイスト」(松永大司監督)などがある。