【ポップの羅針盤】第22回 レディー・ガガの描く悪夢と、アメリカの不安 by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

それは心の中の“壁”と現実社会の“壁”が、反転して重なりあった瞬間だった。

「アメリカ各地でICE(移民・関税執行局)に容赦なく標的にされている人々、子どもたち、家族のことを思うと、とても胸が痛みます」

 レディー・ガガの約3年半ぶりのジャパンツアー『The MAYHEM Ball』。筆者が訪れた129日の東京ドーム公演終盤で、ピアノに向かい合ったガガは、静かに、しかし力を込めて語り始めた。「目の前で人生が破壊されてしまった彼らの苦しみについて考えています。ミネソタのこと、恐怖の中で何をすべきかの答えを探す全ての人々に思いを寄せています」。そう続けた。

 ミネソタ州ミネアポリスでの悲惨な事件は全米に大きな衝撃を与えた。トランプ政権による大規模な不法移民の摘発作戦「オペレーション・メトロ・サージ」。その取り締まりが進む中、17日にレネー・グッド、そして24日にアレックス・プレッティという2人の市民が、武装した連邦移民当局の職員に相次いで射殺された。当局との衝突から銃撃に至ったその瞬間を捉えた動画はSNSで瞬時に広まった。それを受け抗議デモは全米各地に広がっている。

 「苦しんでいたり、孤独や無力感を抱えていたり、愛する人を失い、終わりが見えない困難の中にいたりする全ての人に、この曲を捧げたいと思います」。そう告げてガガは「Come to Mama」を歌った。

 「コミュニティ全体が安全や帰属意識を失う時、私たちはみな、どこか壊れてしまう」。彼女が語ったその言葉が胸に刺さったのは、そもそも『The MAYHEM Ball』が「セーフスペース(=安全な場所)」についての物語だからだ。

ショーは四幕構成。パフォーマンスや演出は圧巻のものだった。オペラハウスを模した壮大なステージに、数十人のダンサーとバンドを従えてガガが立つ。棺桶や骸骨も登場するダークでゴシックな世界観、次々と移り変わる衣装やセットの壮麗なビジュアル、何より歌の力強い迫力に圧倒される。世界最高峰のライブエンタテインメントの一つだと思う。

そこで描かれていたのは「アルター・エゴ(=もう一人の自分)との対峙」だ。第1幕の「Poker Face」では、チェスの盤面を模したステージの上での表象をまとったガガが、をまとう白い分身と対決する。が勝利しを処刑する場面が、第2幕以降の「死と再生」を描くゴシックな悪夢のパートにつながっていく。“2人のガガの闘争は、まさに内的な葛藤、心の混沌の象徴だろう。

ライブ冒頭では「Manifesto of MAYHEM(混沌の宣言)」が朗読される。その中で「安らぎを知らないことが、私たちにとっての最大の悪夢である」ということが語られる。喩えるなら、それはまるで壁のない家で眠り、不安なまま朝を迎える毎日を過ごすようなもの。だからガガは歌うことでを作る。自分自身の居場所を作る。音楽を通してもう一人の自分と向き合う。そうして“2人のガガは最終的に手を取り合い共存する道を選ぶ。

つまり、ライブを通して描かれる物語の軸になっているのは、悪夢や不安から自分自身の心を守るセーフスペースを作るための内的なのモチーフだ。しかし、20261月、現実世界のアメリカには、それと真逆の意味で人々を苦しめるが築かれつつある。ミネアポリスに立ち上がったそのは、暴力で他者を排除する。「次は自分が処刑されるかもしれない」という不安や恐怖を人々にもたらす。

だからこそ、ガガは「コミュニティ全体が安全や帰属意識を失う時、私たちはみな、どこか壊れてしまう」と語ったのだ。

ガガは、これまでずっと「居場所を必要とする人たち」に向けて歌を歌ってきた。クィアやマイノリティ、疎外された人々を力づけてきた。この日のライブでも終盤の華やかな解放感と高揚感をもたらしていた「ボーン・ディス・ウェイ」がその代表だ。だからきっと、彼女が言う「コミュニティ」というのは、抽象的な共同体というより、居場所を必要とする人たちが互いを支え合って成立している場のことなんだと思う。歌い、踊ることでセーフスペースを作るということが、ガガのライブのテーマの中核にある。

この先行きはどうなるだろうか。それはわからない。

でも、少なからず言えるのは、ポップカルチャーは社会の中にある、ということ。時代の動きと不可分に結びついている。グラミー賞がまさにそういう場所だった。その主役の一人がプエルトリコ出身のバッド・バニーだった。彼は最新アルバム『DeBí TiRAR MáS FOToS』で最優秀アルバム賞を受賞し、スピーチでは「神に感謝を告げる前に言わせてほしい。”ICE OUT”」と告げていた。

そして彼は、スーパーボウルのハーフタイムショーにヘッドライナーとして出演する。このタイミングでアメリカ社会が最も注目する場に立つというのも、とても象徴的なことだと思う。注視したい。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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