【ポップの羅針盤】第21回 2025年の「クリスマス・イブ」と「恋人たちのクリスマス」 by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

「今年もあとわずか。2025年はどんな年だったかな」

 そんなことを考えながらホリデーシーズンの街を歩く。ショッピングモールのBGMにはマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」が鳴っている。家電量販店にずらりと並んだテレビの情報番組から流れるのは山下達郎の「クリスマス・イブ」。もうこんな季節か。そう思った瞬間、ふと不思議な感覚が芽生える。あれ? これ去年に見た風景じゃない? 何なら一昨年も? 強烈なデジャヴュに襲われる。

 僕は1976年生まれなので、「クリスマス・イブ」にまだ新曲の匂いが残っていた時代をかろうじて知っている。リリースは1983年。その後1988年に遠距離恋愛を描いたJR東海の「クリスマス・エクスプレス」キャンペーンCMソングに起用され、大ヒットを記録する。

 「恋人たちのクリスマス」が新曲だった時代も体感している。リリースは1994年。テレビドラマ『29歳のクリスマス』の主題歌に用いられ、こちらも大ヒットとなった。

 バブル経済期の恋愛観と分かちがたく結びついた「クリスマス・イブ」。そしてトレンディドラマの主題歌として広まった「恋人たちのクリスマス」。どちらの曲も定番化した。デフレ経済が続いた「失われた30年」の間もスタンダード・ナンバーとしてずっと鳴り続けた。

 そして2025年。驚くべきことに2曲は今も現役の第一線だ。プロモーションも走っている。「クリスマス・イブ」は202512月に初めてYouTubeMVが公開され、7インチ盤もリリースされた。同曲は40年連続で「オリコン週間シングルランキングTOP100」にランクインし、ギネス世界記録に認定されている。「恋人たちのクリスマス」は202512月の全米シングルチャートで3週連続1位を獲得した。通算21週目の首位獲得となり、通算在位週数としての歴代最長記録を達成した。

 もちろん毎年さまざまなアーティストがクリスマスソングをリリースしている。しかしストリーミングサービスのグローバルランキングにおいてはマライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」とワム!「ラスト・クリスマス」の牙城は揺るがない。もう、誰もホリデーシーズンのBGM新しさを求めていない、ということなのだろう。

 クリスマスソングに限った話ではない。2025年の年間チャートも既視感を覚えるラインナップが並んだ。米ビルボードのシングルチャート「Hot 100」は1位がレディー・ガガ&ブルーノ・マーズ「ダイ・ウィズ・ア・スマイル」。TOP10のうち、この曲を含む9曲が2024年以前の楽曲だ。2025年リリースの曲はアレックス・ウォーレンの「オーディナリー」ただ一曲しかない。グローバルチャート「Global 200」も同様だ。1位はロゼ&ブルーノ・マーズ「APT.」で、2025年リリースは前述の「オーディナリー」と『K-POPガールズ!デーモン・ハンターズ』主題歌のHUNTR/X「ゴールデン」のみ。

 2025年のヒットチャートは、明らかに停滞しているように見えた。これはどういうことなのだろう?

 この連載のタイトルは「ポップの羅針盤」だ。ポップソングには、人々の無意識下の欲望が表象となって現れる。何がクールで、何が求められているのか。どんなものがバズるのか。その集積が時代の潮流を形作る。僕はそう思っている。でも、2025年、ポップソングは時代の「新しい価値観」を提示するものとして前景化することはなかった。

 米TIME誌は恒例企画「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に「人工知能(AI)の設計者たち」を選んだ。人々が追い求める「新しい価値観」を提示したのは、日進月歩でバージョンアップを続ける生成AIだった。SNSには「驚き屋」と呼ばれるインフルエンサーたちが跋扈し、仰々しくベンチマークスコアを掲げた。

 情報は爆発した。ショート動画プラットフォームには「Sora」や「Veo 3」で作られた生成AI動画が溢れかえった。奇妙な動物のキャラクターがナンセンスなトークやシュールな歌を繰り広げる「イタリアン・ブレインロット」と呼ばれる動画群がミーム化し、子供たちの間で大流行している。ビルボードの各種チャートには「Suno」などの生成AIを用いて作られた楽曲が相次いでランクインしている。

 果たしてこれは、我々が望んでいた未来なのだろうか――。

 ふと思い出す。約20年前、2006年に米TIME誌は「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に「You」を選んだ。表紙には鏡面シートが貼られ、手に取った読者の顔が映り込む仕掛けになっていた。それはYouTubeの「You」であり、主役は「あなた」である、というメッセージだった。

 2005年に登場したYouTubeはその後の20年でポップカルチャーの力学をまるごと塗り替えてしまった。あの頃もそうだった。カルチャーやコンテンツよりもプラットフォームやアーキテクチャの側が「新しい価値観」を提示していた。

 2005年のYouTubeは名もなき市井の人々に表現の場を与えた。エンパワーメントを果たした。では、2025年の生成AIはどうだろうか?

 この先どうなるか。それはわからない。でも後戻りすることはないだろう。この先の20年で、私たちが「思考」や「創造」と呼んでいた営みの基盤が、何か別のものに置き換えられることになるかもしれない。不安を覚える人も多いだろう。でも、実際にそんな未来が訪れたら、多くの人は「そういうご時世だから」と自らを最適化させる選択肢を選ぶ予感がする。

 そんな20年後。2045年の冬の街に「クリスマス・イブ」や「恋人たちのクリスマス」は、まだ鳴り響いているだろうか。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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