【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第49回 流行りものの再生産ではない真摯な音楽と言葉 by 青野賢一

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。

 このシリーズ連載でどのアーティストを取り上げるかは、”NO MUSIC, NO LIFE.”と連動していることを前提に、基本的に書き手の裁量に委ねられている(少なくとも自分の場合はそう)。なるべく新しい回の”NO MUSIC, NO LIFE.”を参照し、詳しく存じ上げないアーティストやバンドについては音源を聴いたうえで候補を絞り込んで、という流れでセレクトしているのだが、今回は楽曲を聴いて興味を持った「えんぷてい」である。

 えんぷていはボーカル&ギター、ギター、キーボード、ベース、ドラムスからなる5人編成のバンド。2020年に名古屋で結成されたというから比較的若いバンドといっていいだろう。2022年、『QUIET FRIENDS』でアルバム・デビュー、2024年3月にはセカンド・アルバム『TIME』をリリースと、落ち着きのあるペースながら着実に新しい作品を発表している。サウンドは適度にインティメイトな空間を感じさせるギターに鍵盤がほんのりノスタルジックな風味を添える、いわゆるインディ・ロックの範疇といっていいだろう。

 彼らの音楽にわたしが惹かれたのは、自分の好きなムード––––掴めそうで掴めない蜃気楼のような浮遊感––––をまとっていることと、安直なドラマティックさを周到に回避して、丁寧に言葉を音にのせているところ。今の潮流におもねったファストなアプローチでなく、自分たちの好きな世界をマイペースに築いてゆこうという意識が感じられるし、なんというか、シャイネスを感じられる音楽なのだ。

 最新アルバム『TIME』のリリースにあたって、SPACE SHOWER MUSICのサイトで公開されたオフィシャル・インタビュー(回答者はボーカル&ギターの奥中康一郎)では、このバンドの成り立ちや『TIME』についてなどが語られており、大変興味深い内容なのだが、なかでも目を引いたのがバンド名の由来と今のようなサウンドにたどり着くきっかけ、そしてアルバムの1曲目に収録された「Turn Over」というインタールード的な小品についての話だった。「えんぷてい」というひらがなのバンド名は、「それまで聴いていたわかりやすい歌詞と比べると、奥行きやスケープの描き方が圧倒的に豊かに感じた」(オフィシャル・インタビューより)というはっぴいえんどとゆらゆら帝国に由来しているそう(ゆらゆら帝国「空洞です」を英語にし、それをはっぴいえんど的にひらがなに置き換えている)。サウンド面の影響ではマック・デマルコを挙げているが、ご存じのようにマック・デマルコは細野晴臣フォロワー。なんとも嬉しくなってしまう音楽の連鎖である。それから「Turn Over」については細野晴臣、フローティング・ポインツの一部作品のほか、ブライアン・イーノとハロルド・バッドからの影響を明かしていることにもニヤリとしてしまった。ロックとコンテンポラリーやアヴァンギャルドは、今ではまるで関係がないと思われているが、もともとは近しい間柄だった。その事実を若い世代のミュージシャンがこうして提示してくれるのは非常に重要ではないかと思うし、また文脈を明らかにすることでリスナーに文化としての音楽の豊かさを伝えることにもつながるのではないだろうか。

 先に述べたように、このバンドの楽曲、演奏にはわざとらしい煽りや過度のカタルシスは微塵もない。そこにあるのは、流行りものの再生産ではない真摯な音楽に対する態度と選び抜かれた言葉。そして自然な平熱感(という言葉があるかはわからないが)がまたいい。はっぴいえんどやゆらゆら帝国がそうであるように、えんぷていの音楽は簡単に消費されずに長く聴き継がれてゆくにちがいない。期待含みでそう思うのだ。

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ライター 青野賢一 LINK

1968年東京生まれ。
ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。
現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。