【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第48回 ぽんこつな神を抱きしめられるまで by 狗飼恭子
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは狗飼恭子さんです。
「最近、赦しについて考えているんだよね」
今一番書きたいことって何ですか? という質問にわたしがそう答えると、わたしよりも随分年下の女の子が、 「じゃあ羊文学を聴くといいですよ」と教えてくれた。それが羊文学を聴きはじめたきっかけだ。けれどなぜその子が「赦し」で羊文学を連想したのか、正直に言えば分からなかった。
ボーカルの塩塚モエカの声は繊細だけど、ギターもリズムもがんがんに鳴っていてポップだ。攻撃的ではない、しかし優しさだけで包むような音楽でもない。羊文学の何が何を「赦し」ていると彼女は考えたのだろう? 気になって、ちびちびと聞き続けた。
「赦しについて考えている」
そう言ったわたし自身も、「赦し」の何について考えているのかは上手く言語化できない。具体的に誰かに何かを赦して欲しいわけじゃなくて、生きているだけで日々日々積み重なっていく柔い罪に、自分が嫌になっているだけなんだと思う。
そんなある日、『天国』という歌に出会った。地上ではない場所にいる誰かに「そっちはどう?」と尋ねる歌だ。もう届かない人にかけるその言葉を聴きながらわたしも、もう会えない、死んでしまった人のことを考えた。あの人はわたしを怒っていないだろう。でもわたしはあの人のためにできなかったことを今でもずっと考え続けている。『天国』は、今わたしのいるここと地続きの場所で普通に暮らしているあの人の姿を想像させてくれて、なんだかほうっと力が抜けた。
それで、ふと気付いた。羊、それは迷える人々──特別じゃないわたしたちのことで、羊の文学とはつまり、聖書のことなんじゃなかろうか。勘違いだと笑われるかもしれない。でもそれでいい。自分だけの小さな思い込みこそが、人生を彩るピースになる。そうして次に、こんな歌に出会った。
『Hag・m4a』
静かに燃えている
あなたの命を
離さないで 離さないで
いてね
ハグ。抱きしめる。m4aはいろいろな読み方ができるけれど、わたしはメシアと解釈する。つまりこれは救世主を抱きしめる歌なのだ。悲しみだらけの今の世界を、救世主はちっとも救えていない。それなのに羊文学は、そんなぽんこつな救世主をも抱きしめて赦すのだ。赦すこと、を、考えるということ。赦されることばかり考えていた自分の心の狭さにまたちょっと嫌気がさして、でもそんな自分も赦せばいいさ、と、ポップな聖書に教えられる。
あの子の言った「羊文学を聴くといい」の意味がちょっとずつ分かっていく。だからこれからも迷えるわたしは、ちびちびと羊文学を聴き続けるのだ。
小説家とエッセイスト 狗飼恭子 LINK
18歳のときに詩集「オレンジが歯にしみたから」(KADOKAWA)を上梓。その後、作家、脚本家として活動を始める。主な著作に小説「一緒に絶望いたしましょうか」、エッセイ「愛の病」(共に幻冬舎)などがある。また、主な脚本作品に映画「風の電話」(諏訪敦彦監督)、映画「ストロベリーショートケイクス」(矢崎仁司監督)、映画「百瀬、こっちを向いて。」(耶雲哉治監督)など。近作に、ドラマ「忘却のサチコ」「竹内涼真の撮休」「神木隆之介の撮休」や映画「エゴイスト」(松永大司監督)などがある。