【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第41回 吟味された日本語から立ち上る情景 by 青野賢一

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 

2023年の夏は非常に暑さ厳しく、また長かった。酷暑という言葉がこれほどしっくりきた年はそうそうなかったのではないだろうか。そんな夏にDJでよくプレイしたのが、はっぴいえんどの「夏なんです」。8月末までの日中や夕暮れどきのイベントではかなりの割合でターンテーブルに載せたものだ。アコースティック・ギターによる短いイントロに続いて「田舎の白い畦道で」とボーカルが入ってくるやいなや空間に情景がインストールされる––––この瞬間がたまらなく好きなのだ。タイトルに違わず夏の曲であるのだが、ジリジリとした強い日差しと照り返し、そして無風状態という真夏の日中を表した1番、8月後半から9月初旬にかけてがピークとされるツクツクボウシの鳴き声で晩夏を感じさせる2番、そして「夏は通り雨と一緒に連れ立って行ってしまうのです」と夏の終わりを暗示させる3番と、3分ちょっとの曲のなかに季節のうつろいが込められているのがまたいい。

 

 細野晴臣、大滝詠一、松本隆、鈴木茂の4名からなるバンド、はっぴいえんどの結成は1970年。解散が1972年の大晦日なので活動期間は3年ほどである。オリジナル・アルバムは『はっぴいえんど』(1970)、『風街ろまん』(1971)、それから解散後の1973年にリリースされた『HAPPY END』の3作。先に記した「夏なんです」は『風街ろまん』の「街」サイド(同アルバムのレコードのA面は「風」、B面は「街」と表記されている)の1曲目に収録されており、7インチ・シングルとしても発売された曲だ(「花いちもんめ」とのカップリング)。

 

 日本語詞をアメリカ・ウエストコーストのロックに影響を受けたサウンドと組み合わせ、「日本のロック」を追求したはっぴいえんどだが、その試みはファースト・アルバムですでにしっかりとしたかたちを成しているといえよう。サイケデリック・ロック調の演奏、工夫を凝らした録音や音響処理によって、彼らのディスコグラフィーのなかでも最もロック色の濃い印象のこのアルバムでは、情念的だったり観念的だったりと1960年代後半の匂いを漂わせる歌詞が目立つものの、次作で花ひらく巧みな情景描写の萌芽が見て取れるのも忘れてはならない。

 

 1971年11月に発売された『風街ろまん』は、「風街」のイメージに基づいた松本の詞世界が高純度で展開され、それにともない楽曲のバリエーションも豊富になった完成度の高いアルバムだ。「風街」とは松本が子どもの頃に暮らし、親しんだ青山、渋谷、麻布界隈一帯の記憶。1964年の東京オリンピックでがらりと街並みが変わる以前の、もうそこにはない街の風景を「風街」という架空の街として立ち上らせ、作品に昇華した。前作に顕著だった情念的な表現は情緒や風情にとってかわり、その結果『風街ろまん』は聴く者の裡に情景を浮かび上がらせるものとなったのであった。

 

 デビュー・アルバムとセカンド・アルバムで自分たちのやりたいことをやり尽くしたという達成感を得たバンドは1972年に解散を決意。そんななか制作されたサード・アルバムでありラスト・アルバム『HAPPY END』はアメリカ録音作。ホーン・セクションの導入や西海岸らしいカラッとした音像も相まって、それまでとは異なる質感のアルバムに仕上がった。ラストに収録の「さよならアメリカさよならニッポン」は、偶然スタジオを訪れていたヴァン・ダイク・パークスとの共作である。

 

 

 はっぴいえんどが活動した1970年から72年は、1960年代後半に若者たちが中心となって世界に影響を与えたカウンター・カルチャーの残り香がありながらもその限界を多くの人が感じはじめていた時代。目前には1973年の第一次オイルショックが控えており、また日本には高度経済成長の終わりが近づいていた。サディスティック・ミカ・バンド結成前の加藤和彦が”BEAUTIFUL”とだけ書かれた紙を持って銀座を闊歩する富士ゼロックスの1970年のCMに添えられた「モーレツからビューティフルへ」のコピーは実に象徴的だろう。そんな時代に吟味された日本語をロックとして表したのがはっぴいえんどだった。それから半世紀ほど経った現在にあっても、彼らの遺した音楽は我々にさまざまな情景を思い描かせ、季節のわずかな進みを感じさせる。言葉や音楽は時代によって移り変わるものだが、そうした変化(トレンドといってもいいだろう)とは無関係にいつも傍らにあるのがはっぴいえんどの作品。今の時期に聴くなら「12月の雨の日」だろうか。

 

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ライター 青野賢一 LINK

1968年東京生まれ。
ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。
現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。