【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第37回 身の回りに潜むポエジーに気づかせてくれることばと音楽 by 青野賢一

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 

 ナカコー(中村弘二)とduennによるクリエイティブチーム「Hardcore Ambience」が谷川俊太郎の書き下ろし作品「どこ?」(2020)を含む新録12曲――すべて谷川俊太郎が朗読を行っている――に3人による即興ライブセッションを加えた2CD+詩集『どこ?』を完全限定盤(8月31日までCampfireでクラウドファンディングを実施)として発表すると聞いたのが今年の4月。ありがたいことにコメント依頼があったので、ことばと電子回路が紡ぐ音が共鳴、衝突、拮抗するイマジネーション豊かなこの作品を一足お先に聴かせてもらい、谷川俊太郎の詩とバイタリティ溢れる活動に舌を巻いたのだが、その数ヶ月あと、原田郁子のアルバム『いま』に谷川俊太郎が参加していると知り、リリースを楽しみに待った。

 ソロ・アルバムとしては実に15年ぶりとなる『いま』は、新型コロナウイルス蔓延の危機を誰しもが感じた2020年から宅録で少しずつかたちづくられていった曲を中心にまとめられたアルバム。映画『青い、森』への提供楽曲「青い、森、、」、劇団「マームとジプシー」の舞台《cocoon》のための曲(「むりかぶし」、「とぅ まぁ でぃ ~合唱~」)、など全8曲が収められている。全体にインティメイトな雰囲気がありながら、ところどころに遠くに飛ばされるような感覚やユーモアも織り込まれており、とても味わい深いアルバムである。

 アルバムは「いまここ」という楽曲で幕を閉じるのだが、この曲が谷川俊太郎が詩を書いた作品。詩だけでなく、朗読、呼吸音と心音で参加している。平易なことばとオノマトペという谷川らしい詩が、穏やかで気分のいい前半部分からいつのまにか広大な空間に放り出されたかと思えば、気づけばまた親密な世界に戻っているというようなサウンドと組み合わさった11分超のことばと音の旅である。この曲の最後の部分にはrei harakamiの『暗やみの色』(2006)に収録の「intro」がサンプリングされているのだが、これはrei harakamiが音楽を担当したプラネタリウム《暗やみの色》が2021年に再上映された際、谷川と原田がトークショーで共演したことと関連している。このトークを経て、原田は谷川に詩を依頼、それをつないだのが当時没後10年を迎えたrei harakamiというわけである。

 

 

 

 「いまここ」には0歳から91歳の声がフィーチャーされているのだが(91歳は谷川俊太郎)、これを聴くと、数えきれない「いま」が地層のように積み重なって「ここ」ができている、あるいは「ここ」にいるということを思わずにはおれない。と、こんなふうに書くとなんだか重厚なイメージを持たれる方もあるかと思うが、むしろ楽曲は実に軽やかでふわりとした印象。大袈裟な鼓舞、あるいは達観やペシミスティックな諦念とも異なる、「身近にある希望」とでもいうべき何かが、この曲のことばと音からは極めて自然に立ち上ってくる。これぞ詩/ことばの魔法、音楽の魔法ではないだろうか。アルバムを通して、親密さや平易さと広がりや崇高さの共存が感じられるが、ラストに「いまここ」が置かれていることでその印象はより強くなり、また凝り固まった思考をほぐして気持ちを自由にしてくれる作用もあるようだ。

 この作品を聴いて以来、わたしはそれまで以上に身の回りの環境や様子に意識を向けることが多くなった。月の満ち欠け、木々の成長や道端にひっそり咲く花、太陽の沈む位置といった自然現象、街中で行われている工事、出かけた先の地形や神社仏閣など、過去の時間の積み重ねとこれから先に歴史の一部となってゆく小さな変化、双方に目を向けるのはなかなか楽しいものである。なんとなく過ごしてしまえばいつもと変わらない一日、景色であっても、少しだけ注意を払うことでそこに潜むポエジーを見つけることができる――そんなことに気づかせてくれたこのアルバムに感謝するとともに、これから先も気負わず、でもしっかりといろいろなことを見て、聴いてゆこうと改めて思うのだった。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」ではないが、残りはさほど長いわけではない。

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ライター 青野賢一 LINK

1968年東京生まれ。
ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。
現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。