ESSAY / COLUMN
タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。第2回のライターも渋谷直角さんです。
女性や若い人も同席する食事のとき、「直角さん、ワイン選んでください」「詳しそうだから」などと言われることがある。マガジンハウスでデビューして、女性誌でデザイナーが主人公の漫画なんか描いていると、そんなイメージがつくのだろう。
でも、ワインは全然詳しくない。メニューを見てもまるでわからない。美味しかったらそのワインの名前を覚えようとするのだが、2時間後には酔っ払って、名前なんて忘れている。スマホでラベルを撮っておけばいいと思ったが、後日写真を見ても、フランス語なので読めない。結局毎回、レストランでまるで手がかりのないメニューを見てビビることになるのだ。
他にも「お好み焼きを自分で焼く」とか「夏フェスでテントを立てる」とか「釣り針に餌をつける」とか。おじさんになると、若い頃経験してこなかったツケを払わされる局面が増える。女性や若い人の前で、途端に「頼りにならないおじさん」となって恥ずかしくなる。「この人、45歳にもなってお好み焼きも焼けないの?」「ワインも選べないの?」と。
対策は一つだ。「正直」であること。普段からカッコつけたり、見栄を張らない。年上ぶったり偉そうにしない。そうすれば「ワインわからないんだ」と言っても「いつもと違ってカッコ悪いな」とはなりにくい。しかし、これが簡単そうで意外と出来ない人が多いのは、毎日のようにSNSで数々のおじさんが、正直になれずに嘘をついたり斜め上の謝罪文を出して炎上している姿を見れば明らかだろう。おじさんは、つい自分の経験値の高い部分ばかりに寄っ掛かって、自分が「何者」かであろうと振る舞いがちなのだ。それでガラ空きの足元を掬われると、取り繕おうとして余計にコケてしまう。
吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズのように、軽やかで正直にありたいと、聴くたびに思う。吾妻さんが歌うのは「正直なおじさん」の姿だ。今の窮屈な「正しさ」を、「この程度見逃してよ」とボヤき、インスタ用の写真を延々撮っている相手を「早く乾杯しようよ」と思う。若者に媚びるでもなく、説教するでもない。イマイチな自分を、自嘲気味に冗談めかした曲が多い。サウンドはビッグバンド・ジャズやジャイブに乗せて。世代的に植木等やクレイジー・キャッツを体験できなかった自分には、吾妻さんとバッパーズこそ、チャーミングでカッコイイおじさんの理想像だ。ライブでも、いつも楽しそうにビールを飲む吾妻さんに「こんなおじさんになりたい」と憧れる。カッコ悪い自分も認めて冗談にしちゃえば、それは可愛げに変わるのだ。
緊急事態宣言が解除され、若い友人と少人数で飲む機会があった。「直角さん、ワイン選んでください」。ここだ。ここを正直に言うところだ。「僕、詳しくないんだよ」。すると「またまた〜!」「本当は詳しいのにそう言うんですよね」。……アレ? ハードル下がってないぞ? 仕方がない、当てずっぽうだ。わからないのですぐに「これを」。みんなは「さすが」的な反応。名前の響きで決めただけなのに。すると店員さんが即「いや、最初はこの辺のワインの方がよろしいかと……」「あっ、そ、そうですか、すみません……」。気まずさに、みんなが目をそらした。え、えっと、ここでなんて冗談を言えばいいんだろ……?
漫画家 渋谷直角(しぶや・ちょっかく) LINK
マンガ家。1975年生まれ。マガジンハウス「relax」でライターとしてデビュー後、マンガも描き出す。近著に「続・デザイナー渋井直人の休日」(文藝春秋)「さよならアメリカ」(扶桑社)など。