【ポップの羅針盤】第14回 「売れる」と「売り渡す」の境界線を引き直す未来へ by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

HANAの躍進はひとつのターニングポイントになるかもしれない。

ガールズグループを巡る価値観が変わっていく一つの大きなきっかけになるかもしれない。デビューシングル「ROSE」はスマッシュヒットを記録している。Billboard JAPANの総合ソング・チャート「JAPAN Hot 100」(49日公開)では初登場1位。女性グループのデビュー曲が配信リリースのみで初登場1位を獲得するのは史上初だという。423日にはシングルCDがリリースされ430日公開の同チャートで再び首位を記録。プレデビュー曲「Drop」と「Tiger」もチャートインし反響を集めている。フェス初登場となったVIVA LA ROCKにはバンドセットで出演。話題性だけでなく実力が評価され人気につながっていくフェーズに差し掛かっている。

HANABMSGとちゃんみながタッグを組んだオーディション番組『No No Girls』で選ばれた7人のメンバーからなるガールズグループ。最初に注目を集めたのは従来のオーディション番組とは一線を画した『No No Girls』のあり方だった。「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください」という応募メッセージから一貫した、ルッキズムの呪縛を解き放つコンセプト。「さまざまな場面でNoと言われてきた人たちを救いたい」というちゃんみなの言葉もそれを体現していた。「NO FAKE(本物であれ)」「NO LAZE(誰よりも一生懸命であれ)」「NO HATE(自分に中指を立てるな)」という審査基準は、実力主義と自己表現能力を重視する姿勢が伝わってきた。候補者と向き合い寄り添う中で見せたちゃんみな自身の洞察力とコーチング能力もポイントだった。そういうものが視聴者のハートを掴みエンタメとして機能したからこそ『No No Girls』は回を増すごとに人気を増していった。今年1月に行われた最終審査はYouTubeでの同時接続者数が56万人を超える現象となった。そこで選ばれたHANAのメンバーはただ単にサバイバルのリアリティーショーであるオーディション番組を勝ち抜いた勝者としてというより、そこで提示された新しい価値観を体現する存在としての注目度を獲得していった。

そして「ROSE」という曲には、それまでのストーリーやグループの掲げる理想を凝縮したチャームがあった。作詞作曲にはちゃんみな自身が共同で携わっている。SKY-HIもそうだが、プロデューサーがアーティストとして作詞作曲に携わることで「何をどう歌うのか」の芯が鋭く定まる。バラのメタファが指し示す美しいものと危険なものの共存。「醜い世界でも咲いた 花 泥だらけでも」というフックが示す時代感と自己認識。そういうものがデビュー曲に込められている。

HANAの価値観の真ん中にはセルフエンパワーメントがある。そしてその礎にはSKY-HIBMSGを立ち上げるにあたって掲げた「才能を殺さないために」という理念がある。

SKY-HIはビジネスカンファレンス「Greeting & Gathering」でたびたびBMSGの教育体制の充実について語っている。義務教育を受けているメンバーへの勉学のサポートに始まり、英語の授業やジェンダー論、若くして大金を手にすることで身を持ち崩さないための金融リテラシーなども教えているという。BMSGにとってオーディション番組とはサバイバル番組ではなくあくまで育成プログラムだという発言もあった。もちろんデビューして終わりというわけではない。キャリアを築いていく中で磨いていくものもあるし、誠実さが問われる場面も出てくる。そこにどう対応し、どういう道を歩んでいくかというところも含めて、それまでの芸能事務所や音楽業界の風習や構造とは違うビジョンを描いているということがそのバックボーンになっている。

ちゃんみなはインタビューでHANAのメンバーとこの先35年のロードマップを共有していると明かしている。自分たちのルーツと文化を大事にしながら正当な道で勝っていく、ということを語っている。

HANAとちゃんみなが「勝つ」というのはどういうことか。どこでライブをやるとか、何人動員するとか、そういうわかりやすい数字の目標もあるだろうけれど、もうちょっと大きなものだと思う。何かに媚びたり、何かにおもねったり、何かに奉仕したり、自分たちが「消費される」存在であることを過剰に受け入れて自分自身の大事なものを「売り渡す」ことが「売れる」ことと同義であるような世界に異議を申し立て、そうじゃない道での成功を示すことが「勝つ」ということなのではないかと思う。

そして、よくも悪くもエンタメの世界では「売れる」ことが正義である。そういう意味でもHANAのブレイクはひとつのターニングポイントになるかもしれないという予感がある。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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