【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第45回 ザゼンと東京 by 土岐麻子

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは土岐麻子さんです。 

開通されたばっかりのゆりかもめに乗って、サーカスのアルバイトに向かっていた。窓の外は見渡す限りの広大な埋立地。アスファルトの平原に、建設中のフジテレビの新社屋だけが目立つ。まもなくここに新しい街が出来るという。「それってワクワクするでしょう」と、引率の社員さんが教えてくれた。朝の光を受けたボール状の建物はキラキラして、たしかに胸が躍るような気もした。

サーカスの開催地は有明で、アスファルトの平原の上に小さなテントがぽつんと乗っていた。私は受付係だった。シルクドゥソレイユの大ブレイクに便乗し予約チケットは完売したものの、この小規模なテントを目にして困惑するお客さんたちの顔が浮かんでしまう。

何も考えないようにして一心不乱にチケットをもぎった。公演の途中、男性バイトたちが外に出てくると、テントの頂上から放射状に垂れたロープを肩にかけ外を向いて踏ん張り始めた。空中ブランコの演目では屋台骨が揺れるから、安定させるためにテンションをかけるのだという。就活用のスーツを着てきた同僚の革靴に砂がついていた。

「もうすぐここに新しい街ができるのよ。ワクワクするでしょう」翌日のゆりかもめでその言葉を思い出したとき、ゾッとした。

来年にはここにビルが生え揃い、私たちは就活を終え社会人になっている。なにもかもが変わる。やわなサーカス小屋を吹き飛ばして焼け野原はワクワクランドに変わり、不気味な埋立地のことも、この春の生暖かさも、女性のみ持参指定のパンプスを抱えたこの屈辱感も、街はあっという間に忘れていくんだろう。私はその日からモラトリアム気分を捨て、しがみつくように就活を始めた。

結局なりゆきで音楽家になったが、あらゆる歌手がそうであるように30代になると故郷を歌いたくなり、いまもずっと東京の変わっていく顔を眺めている。

あるとき、ZAZEN BOYSこそが東京によく似合うことを知った。聴きながら移動していると、音と言葉から、目の前の風景がくっきり見えてくる。

ビルの高揚感と、淡々と進む工事。若者に人気のスポットと、名もなき通り道。思い入れのある景色と、なんとも思ったことない景色。観光客と、いつもいる猫。新幹線の車窓に映える富士山(静岡だけど)と、手前の電線。実在する人々と、幻覚の天狗。すれ違った学生達と、かつての自分の姿。遠い過去と、さっき通り過ぎた過去。たったいま。

ストイックなサウンドと、ときおり出てくる断片的で写実的な情景描写がそうさせるのか全部が同じ大きさで見えてきて、いまいる「現在地」を面白く感じられる。日々何かに苦しんでいるわけではないが、心底助かりますというような気持ちになるのだ。

向井さんは96年のゆりかもめに乗ったことがあるだろうか。もしもあの引率の社員さんに「ワクワクするでしょう」と言われたら、なんと返しただろうか。想像もつかないな。いや、でもそこはやっぱり

 

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シンガー 土岐麻子(ときあさこ) LINK

東京生まれのシンガー。
1997年にCymbalsのリードボーカルとしてデビュー後2004年にソロデビュー。
V6JUJUSKE48 チームKなど他アーティストへの作詞提供なども精力的に行うほか、ナレーション、TV・ラジオ番組のナビゲーターなど、声のスペシャリストとして活動。エッセイやコラム執筆など、文筆家としても活躍している。2024年にソロ活動20周年を迎える。
Instagram : @tokiasako