【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第1回 ランチタイムが終わる頃、隣のテーブルで。 by 渋谷直角

ESSAY / COLUMN

タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。最初のライターは渋谷直角さんです。

 最近、中古盤屋でユーミンの『パール・ピアス』というアルバムを手に入れた。これはレコードで持っておきたい一枚である。

 実は購入したいちばんの目的は、中に入っているLPサイズのブックレット。全12ページ、1ページに1曲ずつユーミンの歌詞が載っていて、そこにひとつひとつ、安西水丸のイラストが大きく使われている。つまり、安西さんの大判のイラスト集として欲しかったのだ。特に表紙の、ユーミンを描いたイラストが最高だ。首元のゆったりしたグリーンのトップスに赤い口紅。少し重心を右に動かしたポーズも色気がある。いつまでも眺めてしまった。

 紙が大きいので一枚一枚、ゆっくりとめくる所作になる。めくるたび、微かに酸っぱい匂いが鼻を刺激する。これも中古ならではの、データでは味わえない贅沢な体験かもしれない。ちなみにデザインは太田和彦。資生堂のアートディレクターだった人だ。

 『パール・ピアス』を見つけたのは雨の日の渋谷の某店だったが、そのあとに入った道玄坂の「ロイヤルホスト」で遅めの昼飯を済ませたあと、我慢できずに安西さんのブックレットだけ先に見ちゃおうと袋から引っ張り出して眺めていた。隣のテーブルには若い女性が二人。学生だろうか。一人の女性が、ありがとう、とお礼を言っている。本当はインスタで知り合った男の子とデートするはずだった、という。会ったこともない人だけど、画像では韓国の誰だかに似ていてかわいいと思ったのだそうだ。そんな彼から「今日、会わない?」と突然メッセージが来たのでOKした。待ち合わせ場所と時間を決めて、そこに行ってみると、彼はいつまで経っても来ない。おかしいと思ってインスタにメッセージを送るがぜんぜん既読がつかない。彼のアカウントを見ると、ブロックされていた、というのだ。3時間前まで密に連絡を取り合っていたのに。理解できない!

 僕もつい聞き耳を立ててしまった。ちょっとしたミステリーだと思ったから。でも彼女は平然とした表情で、すぐにそのカラクリを明かした。その男は彼女だけじゃなく、片っ端から「今日会わない?」とメッセージを送っていて、OKしてくれた中から自分の一番好みの女性と会いに行き、その他は全員ブロックしたのである。聞いてる女性も「ああ」と当然のように相槌を打つ。今はそんな感じなの?と僕は驚いた。ムカつく、と言いながらも、二人はこの後どこ行く?と楽しそうに話していた。会ってもいない相手だから、ダメージも少ないのかも。男はただのロクデナシ、というだけで。

 雨は上がっていて、二人はお互い持っている傘の、柄の部分のカーブのところを鎖のように絡ませ、店を出て行った。直接手をつないだり、腕を組んだりはしない、ソーシャル・ディスタンスならではの友情、のように見えた。

 「ロイヤルホスト」の隣のテーブルの会話でコラムを一本書いてしまった。ユーミンが歌詞を書いていたのは「デニーズ」だったっけ。 

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漫画家 渋谷直角(しぶや・ちょっかく) LINK

マンガ家。1975年生まれ。マガジンハウス「relax」でライターとしてデビュー後、マンガも描き出す。近著に「続・デザイナー渋井直人の休日」(文藝春秋)「さよならアメリカ」(扶桑社)など。