【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第86回 時代のスピード感のなかから「いまの音」をすくい上げるセンス by 青野賢一

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。

 

   確か5月頃だったと思うが、とある編集者から久しぶりに連絡があった。聞けば、ブランド古着の草分け的存在「RAGTAG」が今年で創業から40年ということで、スペシャルサイトを立ち上げる。そこで1985年、つまり創業年の音楽についてテキストを書いてもらえないか、と。もちろん引き受けたわけだが、当初はひとつの記事でと打診されたのを洋楽篇と邦楽篇、2回に分けてはどうかと提案し、快諾いただけた。

 具体的には1985年に関連するアルバムを洋邦それぞれ10枚選び、そこから当時のムードや傾向を読み解くといった内容。さて何があったっけ、と考えはじめて、まず浮かんだのは佐野元春 with THE HEARTLANDの曲「YOUNG BLOODS」(1985)だった。理由はたまたま今年のはじめにこの曲のMVをYouTubeで視聴していたから。代々木公園で撮影されたこのMVはストリート・ライブを模したもので、それを見つめる聴衆たちの姿もしっかりと捉えられており、あの頃のリアルなファッションやヘアスタイルを思い出すのにうってつけであった。この曲は同年の「国際青年年」のテーマ・ソングに採用されており、当時も何度となく耳にしたものである。

 同曲を収録したアルバム『Café Bohemia』(1986)はイギリスのバンド、アーティストからの影響が強く、ジャズやレゲエの要素を感じられるもの。録音は東京だがミックスはロンドンとニューヨークで行われている。アルバム本篇ラストのレゲエ・チューン「CHRISTMAS TIME IN BLUE」のリミックスはトム・トム・クラブやグレイス・ジョーンズを筆頭に〈Island Records〉の諸作を手がけたジャマイカ出身のエンジニア、スティーヴン・スタンレーが担当しているという本物志向だ。

 先に述べたように、このアルバムはUK色、もっといえばスタイル・カウンシル『Café Bleu』(1984)からの影響が強いのだが、そのムードはアルバム・ジャケットに用いられた写真からも感じられるだろう。撮影は1980年代にイギリスの音楽シーンを日本にリアルタイムで紹介した立役者でありシャーデーのオフィシャル・フォトグラファーとしても知られるトシ矢嶋。この写真で佐野が着用しているのは確か〈TUBE〉のもの。「自分の私物を用意して着てもらった」と以前にトシさんから伺ったように思うが、ともあれ「YOUNG BLOODS」のMVの革ジャンにブラック・ジーンズというロッカー然としたいでたちとはずいぶんイメージが違って、洗練された佇まいである。余談だが、『Café Bleu』でポール・ウェラーが、『Café Bohemia』で佐野がまとっていた白っぽいステンカラー・コートは、当時の都内私立男子高校生の一部でトレンドになっていた。制服の上から古着の〈Aquascutum〉や〈Burberry〉のステンカラーである。自分は天邪鬼なので、ステンカラーでも黒に近い濃紺のゾロッとレングスが長い某デザイナーズ・ブランドのものを愛用していたのだが。

 さて、佐野元春に話を戻すと、たとえば『VISITORS』(1984)のエレクトロ~ヒップホップ、ラップの導入や、先の『Café Bohemia』など、活動初期のサウンドやアルバムのイメージは、海外の音楽の新しい潮流を敏感に察知してかたちづくられていたように思う。細分化が進み、フレッシュなサウンドが続々と生まれてきつつも、現代ほどの情報入手経路はなかった1980年代前半、どの音楽的要素に反応するかにはセンスの良し悪しが如実に反映されていた。その意味において、時代のスピード感のなかから的確に「いまの音」をすくい上げて大胆かつ繊細に自身の表現に取り入れてポピュラー・ミュージックとして提示した佐野の審美眼、趣味のよさには驚くばかりである。そんな佐野は2025年で活動45周年。これを機に初期の音源から順番にその足跡をたどってみるのも一興ではないだろうか。と、こう書いていて、高校2年のときに参加していたバンドで「SOMEDAY」をカバーしたことを思い出した。ブライアン・アダムスが好きだったボーカルの提案だった。

profile_img

ライター 青野賢一 LINK

1968年東京生まれ。
ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。
現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。