【ポップの羅針盤】第15回 クランチロール・アニメアワードから考えたアニメ×音楽の未来 by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

日本のポップカルチャーをグローバルに発信するとは、どういうことか。

アニメという文化がどれだけ広く愛されているか。そしてアニメと音楽がどれだけ深く結びついているのか。「クランチロール・アニメアワード2025」でそれを強く実感した。クランチロールは北米、欧州、アジア、南米、中東など世界に1700万人以上の有料会員がいるグローバルなアニメ配信プラットフォーム。その最大の特徴は日本のアニメのファンコミュニティを世界中で築き上げてきたことだ。

2000年代の設立当初は「ファンサブ」(ファンがアニメに自ら字幕を付けた動画)が投稿される動画共有サイトだったクランチロール。海賊版サイトとしてのスタートから、権利の許諾が進んだ2000年代末から2010年代を経て、2021年にはソニーが買収、現在ではソニーグループの傘下に入っている。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など近年の日本のアニメの躍進はクランチロール抜きに語ることはできない。さらにはAdoのワールドツアーのサポートなどイベントやライブにも広く展開している。

世界最大規模のアニメの祭典として2017年のスタートから9年目を迎えた「クランチロール・アニメアワード」は、あくまで日本のアニメを対象にしたアワードだ。受賞作品は一般投票と審査員票で選ばれる。今年は世界中から過去最多の5,100万票が集まった。

授賞式は525日に東京・グランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」で開催された。筆者はプレスとして訪れた。何より印象的だったのは、プレスルームの場で肌で感じた熱気だった。「アニメ・オブ・ザ・イヤー」は『俺だけレベルアップな件』。アニメーション映画作品に送られる「フィルム・オブ・ザ・イヤー」は『ルックバック』。そうしたひとつひとつの結果が発表されるたびに、海外メディアの記者たちが歓声を上げていた。正直、日本の新聞やウェブメディアの記者にはあまり見られないタイプの反応だ。ファンだけでなくメディアもコミュニティの一員であるというムードが自然と根付いているのを感じた。

プレゼンターも豪華な面々だった。ミュージシャンに限っても、マネスキンのダミアーノ、ケイシー・マスグレイヴス、リナ・サワヤマが登壇していた。授賞式に列席していたd4vdがアニメの世界的な影響を語る場面もあった。J. バルヴィンも出席していた。もちろんそれぞれのアーティストがアニメへのリスペクトを持っているからこそ実現したわけなのだが、これだけのメンツが授賞式のためだけに東京に集まっていたわけである。なぜ音楽メディア、特に海外のポップ・ミュージックを中心に扱うメディアがこのアワードについてほとんど報じていないのか、不思議に思うくらいだ。ちなみに昨年に東京で開催された「クランチロール・アニメアワード2024」にはやはり大のアニメ好きで知られるミーガン・ザ・スタリオンがプレゼンターに登壇している。

「最優秀アニソン賞」は 『ダンダダン』オープニングテーマのCreepy Nuts「オトノケ」。「最優秀オープニング賞」とのダブル受賞となった。Creepy Nutsは同賞に「Bling-Bang-Bang-Born」(『マッシュル-MASHLE- 神覚者候補選抜試験編』オープニングテーマ)でもエントリーされていたが、昨年のヒットチャートを席巻した「Bling-Bang-Bang-Born」ではなく「ダンダダン」の音韻でひたすら韻を踏むリリックを繰り広げる「オトノケ」の方が選ばれたのが「クランチロール・アニメアワード」らしい結果だと思う。

そして見逃せないのが同賞にノミネートされたヤングブラッド「Abyss」。『怪獣8号』のオープニングテーマとしてイマジン・ドラゴンズのダン・レイノルズとの共作で制作されたナンバーだ。同作のエンディングテーマ「Nobody」はワン・リパブリックが手掛けている。USUKのトップアーティストがアニメ主題歌タイアップを手掛けるのは異例な試みだ。また、「最優秀オープニング賞」にノミネートされた『俺だけレベルアップな件』オープニングテーマのSawanoHiroyuki[nZk]LEveL」ではTOMORROW X TOGETHERをゲストボーカルに迎えている。

00年代以降、アニメ主題歌タイアップは多くの新人アーティストにとってブレイクのきっかけとして機能してきた。YOASOBICreepy NutsなどJ-POPがグローバルな人気を得ていくきっかけにもなってきた。しかし、授賞式に参加した面々を見れば明らかなように、いまや日本のアニメへの愛とリスペクトを持つ海外のアーティストは少なくない。バッド・バニーやラウ・アレハンドロなどラテン・ミュージックのスーパースターもその中に含まれる。

おそらく、『怪獣8号』や『俺だけレベルアップな件』をきっかけに、海外アーティストがアニメ主題歌タイアップの機会を手にするきっかけはこの先さらに増えるだろう。「アニメと音楽の深い結びつき」はよりグローバルな文化現象になっていく可能性がある。

そのことによって、音楽業界の構造自体も変わっていくかもしれない。そんな予感すら覚えた。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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