【ポップの羅針盤】第13回 音楽のグローバル化が進む今、何にベットするべきか by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

日本の音楽シーンは2025年からおそらく新たなフェーズに入る。

これまでと違ったルールが一つの基準になる。数年前にはなかったような価値観が新たな当たり前になる。そういうことを感じるニュースが続いている。

米津玄師は3月から4月にかけて行ったアメリカ、ヨーロッパ、アジアの全7都市10公演のワールドツアーを大盛況のうちに締めくくった。YOASOBIは昨年12月から今年2月にかけてアジアツアー全7都市14公演に計14万人を動員した。6月にはロンドンのウェンブリー・アリーナでのワンマンライブとスペイン・バルセロナのフェス「Primavera Sound Barcelona 2025」への出演が決まっている。Ado4月から8月に世界30都市以上を回るワールドツアーを開催予定だ。藤井風は7月からヨーロッパツアーを回りアメリカ・シカゴのフェス「Lollapalooza」に出演する。J-POPを代表するアーティストたちが海外の各都市でアリーナを熱狂させ、アメリカやヨーロッパを代表する大型フェスに出演する。そんな潮流が着実に生まれている。

それぞれのアーティストが海外で人気を広げているだけでなく、業界が一丸となって日本の音楽の世界進出を後押しするような動きも生まれている。316日にはロサンゼルスにてAdo、新しい学校のリーダーズ、YOASOBI3組が出演した「matsuri ’25: Japanese Music Experience LOS ANGELES」が開催された。こちらはCEIPA(一般社団法人カルチャーアンドエンタテインメント産業振興会)とトヨタグループによるプロジェクト「MUSIC WAY PROJECT」の一環として行われたショーケースイベント。CEIPAは音楽業界の主要5団体(日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽出版社協会、コンサートプロモーターズ協会)が設立した団体だ。イベントにあわせて、日本貿易振興機構(JETRO)主催のプレスカンファレンスも開催された。

そして5月にはCEIPAが主催する新たな音楽アワード「MUSIC AWARDS JAPAN」が初開催される。先日には第1回目の授賞式に向けてのエントリー作品も発表された。「世界とつながり、音楽の未来を灯す。」をコンセプトに発足した国内最大規模の国際音楽賞で、アーティストを中心とした5000人以上の音楽関係者が投票メンバーとして参加する。このアワードの新設も日本の音楽のグローバル化への取り組みと密接に関わっている。そもそもCEIPA自体が日本のエンタテインメント産業を拡大しグローバルへ発信するために設立した団体である。協賛にはトヨタグループなど多くの企業や団体が並ぶ。政府のバックアップもある。今年1月に開催されたCEIPAの新年賀詞交歓会には石破茂首相も出席した。

音楽の世界に、わかりやすく、大きな「権威」が生まれる。「MUSIC AWARDS JAPAN」はその象徴にもなるだろう。盛大な注目を集める一方で、そのことによるハレーションも生まれるかもしれない。なにかしらの反感を覚える人だっているだろう。

だからこそ、アワードが「透明性」と「公平性」を打ち出していることには大きな価値があると思う。主催側は発足時の記者会見から「アーティストが参加し、投票すること」を従来の音楽賞との大きな違いとして打ち出し「透明性を持って投票と選考を進めていく」と明言している。であるからこそ、忖度や根回しや組織票のようなものが存在しないことをどれだけ世に示せるかがキーになる。投票メンバーにはアーティストとクリエイターの他にレコード会社やマネジメント会社や配信事業者やディストリビューターやメディアやライターなどの「音楽業界関係者」も含まれるのだが、なんなら「業界関係者」の誰がどの曲に投票したかが分かるような仕組みがあったって個人的にはかまわないと思っている。隠然たる影響力が状況を左右していたかつての芸能界の力学は過去のものになるはずだ。

5年後、10年後から今を振り返ったら、きっと2025年は何かの起点になっているだろう。

「日本の音楽産業全体の拡大には、海外展開が必要不可欠な状況にある」「成熟した国内市場で育まれた『多様性』と『蓄積』が日本の音楽産業の強みであり、海外展開のための十分なポテンシャルを有している」――これは昨年9月に経済産業省が発表した「音楽産業の新たな時代に即したビジネスモデルの在り方に関する報告書」の中の文言だ。音楽産業のグローバル化はいまや政府が旗を振るマターになっている。

どうなるかはわからない。政府が「日本の魅力を海外に発信する」と資本を投下したことが必ずしもプラスに働かなかった事例だって沢山ある。そもそも文化というものは中央集権的な組織構造を持つ政治や経済の力学とは別の領域で、むしろ周縁や辺境から立ち上がってくるものがパワーを持つということにこそ価値がある。

それでも、実際に海外のオーディエンスが巻き起こしているはリアルだ。待ち望んでいる人たちがいる。そして今はまだ気付いていないだけ、届いていないだけの人がいる。「グローバル化」とか「海外展開」みたいな大きな掛け声よりも、その一人ひとりのもとに「届けにいく」というミニマムな行為の集積にベットしたい思いがある。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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