【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第69回 人間を辞めたい日には by 狗飼恭子

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは狗飼恭子さんです。

 

 人間が苦手だ。

 

人間と会って話をした日の夜は必ず落ち込む。なんであんなこと言っちゃったんだろうと布団の上で身もだえて、うー、あーと声にならない声でうめき続ける。そうして、ああ動物になりたい。と、思う。心の底から。

動物はいい。人間よりよほど動物のほうが好きかもしれない。特に好きな動物は、陸亀と猫と鹿。あと馬と鳥と犬。陸亀とは同居してる。犬猫は知人の家に行けば会える。家のそばには牧場があるのでいつでも馬を見に行けるし、鹿とは森の中で頻繁に遭遇する。それだけで充分。実際、田舎に暮らすわたしは、人間よりも動物とのほうがよく会っているような気もする。人間とは「会話」をして「コミュニケーション」を取ることが大事で、わたしはそれがものすごく下手なのだ。

 動物に対してわたしは失言することはない。素直に思ったままを伝えられる。嘘やおべっかや社会常識や建前は必要ない。動物はわたしのどんな言葉も拒絶もしないし、言葉のあやや言い過ぎた本音にムッとしたり揚げ足をとったりすることもない。

 言葉を扱う仕事をしているからこそ、自分がうまく言葉を扱えないことに落ち込む。極限まで下がった自己肯定感。ああもう消えてしまいたい、とすぐに落ち込む。

 人間とはもう話をしたくない。動物とだけ話したい。でも落ち込むのは世界有数の無駄な時間の使い方だって分かってる。だから、なるべく強い曲を聞いて気分を変えるのだ。人間を辞めたくなった日に聴くお決まりのミュージシャン。わたしにとってそれが、MAN WITH A MISSIONである。

いつもよりも音量を上げてヘッドフォンで流しながら、音楽をかけ両手を上げて跳ねる。 ごんごんごんごん、強くて速い音がする。。 

フライ、アゲン、イエ、イエオ!

サビになったら一緒に歌う。わたしは歌が下手なので、動物の遠吠えみたいに聞こえるかもしれない。

 フライアゲンイエイエ!

 フライアゲンイエイエー!

 跳ねながら吠えながら踊りながら、音楽を聴く。変な踊りを踊るとストレスが減るという学説をどこかで読んだ。音痴なだけでなく運動神経も悪いわたしの踊りはきっとものすごく変だろう。だとしたらたぶんこの瞬間、わたしのストレスはみるみる減っているはずだ。

 イエエエエエエー!

ちなみにこの曲は「FLY AGAIN」)

 あー、すっとした。そうしてわたしは再び人間に戻る。さっきまで遠吠えしてたことなんかすっかり隠して。

 

言いたいことなんか一個も言えない人生だ。人間を辞めたい。そんな日は自分がMAN WITH A MISSION の一員だと夢想する。わたしは狼の顔をした究極の生命体。だから人間界のことが上手くできなくてもしょうがない。そう考えてほっとして、ようやく生きていく。

 人生は常にままならない自分との闘いだから、人間を辞めたい日に聞けるような音楽が必要なのなのだ。

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小説家とエッセイスト 狗飼恭子 LINK

18歳のときに詩集「オレンジが歯にしみたから」(KADOKAWA)を上梓。その後、作家、脚本家として活動を始める。主な著作に小説「一緒に絶望いたしましょうか」、エッセイ「愛の病」(共に幻冬舎)などがある。また、主な脚本作品に映画「風の電話」(諏訪敦彦監督)、映画「ストロベリーショートケイクス」(矢崎仁司監督)、映画「百瀬、こっちを向いて。」(耶雲哉治監督)など。近作に、ドラマ「忘却のサチコ」「竹内涼真の撮休」「神木隆之介の撮休」や映画「エゴイスト」(松永大司監督)などがある。