【ポップの羅針盤】第10回 2024年は「物語」より「体感」の一年だった by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

意味よりも強度。メッセージよりも享楽。それが人々を駆動した。

 ロゼ&ブルーノ・マーズの「APT.」が2024年下半期最大のヒットとなったことで、その見立ては確信に変わりつつある。韓国の飲み会ゲームをモチーフに生まれた「♪アーパトゥ、アパトゥ」という中毒性あるフレーズは世界中で現象を巻き起こし、日本でもチャートを席巻している。

 そして2024年最大のヒットソングは言うまでもなくCreepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」だ。日本の各種年間チャートを総ナメしたこの曲は世界各国でもブームとなり、SpotifyやBillboard Japanが発表した「海外で最も再生された日本の楽曲」ランキングでも1位となった。

 ざっくりとまとめてしまうと、2024年の前半には沢山の人たちが「♪ブリンバンバンボーン」と口ずさみ、後半には「♪アーパトゥ、アパトゥ」と口ずさんでいたということになる。どちらの曲にも共通するのは発語の快楽だ。それも相当に強烈なやつ。破裂音の繰り返しは口唇期的な原初のリビドーを刺激する。

 加えて「Bling-Bang-Bang-Born」はBBBBダンス、「APT.」はAPT.ダンスがTikTokでバイラルを巻き起こした。耳から離れず思わず歌ってしまうフレーズと、真似しやすいダンス。それが人々を魅了したわけだ。

 そこに「意味」はない。物語性もメッセージ性もない。むしろ必要ない。あるのは「強度」。身体で感じる音の享楽だ。

 保育園や小学校で流行っている、子供たちがハマっているという話をほうぼうから聞いたのも、この2曲の共通点だろう。1人の子が歌うと、みんなが歌い出す。誰かが踊るとみんながダンスを踊りだす。そこにはヒットソングが持つ「感染」の力学が如実にあらわれている。さらに言えば、子供たちのあいだで爆発的に広まった流行が親に「感染」して世代を超えて広まっていくというところも、インフルエンザなどのウィルスに近い現象だ。

 これはどういうことなのだろうか。この2曲のヒットは社会のどういう変化を反映しているのだろうか。

 人々が幼児化している、ということなのだろうか。ノリだけで深く物事を考えなくなってきている、ということなのだろうか。そういう風に考える人もいるだろう。でも僕はそうは思わない。ただただ大衆を馬鹿にするような視点だけで起こっている物事を判断するのは知的に怠惰な営為だと僕は考える。

 「物語」の共有範囲が狭くなってきている、ということなのだろうか。それはあるかもしれない。社会に流通する情報の量はとっくに人の処理能力を上回るほどの莫大なものになっている。そして人々の興味や関心の多様化もさらに進んでいる。アメリカ大統領選や兵庫県知事選挙で明らかになったように、新聞やテレビなどのマスメディアが規定する価値観のフレームワークは以前のような共同幻想を表出させる力を失いつつある。人々はそれぞれの「真実」を信じ、それぞれの「物語」の中に生きる。アルゴリズムが駆動するソーシャルメディアの構造がそれを加速させる。

 そういう変化は政治の分野においては分断や対立に結びつくかもしれない。けれど、少なくともポップカルチャーにおいてはそれは他者の許容と尊重という振る舞いと両立している。あなたはあなたで、わたしはわたし。それぞれが、それぞれの「推し」との物語空間を生きる。それが許容される。ただし、その関係が濃密で深いものであればあるほど、よく知らない他者が土足で踏み込むことは憚られる。他者を尊重するがゆえ、その他者の生きる物語空間は見えなくなる。

 現在は「ファンダムの時代」であると僕は思う。けれど大きく強固なファンダムを持っているグループやアーティストの楽曲が必ずしもヒットに結びつくわけではない。ファンが自らの行為によってチャートを押し上げる行為も「推し活」の一つだろうけれど、それが必ずムーブメントにつながるというわけではない。むしろ、その行動原理に他者が土足で踏み込むことが憚られるがゆえ、話題の広まりを妨げるということもあると思う。流行という現象はよくも悪くも表層的で軽薄だ。

 それぞれがそれぞれの「物語」を生きるようになった。であるがゆえに、意味よりも強度が強く作用するようになった。そういうことを改めて感じる2024年だった。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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