【Good Taste Is Timeless】第4回 『日清焼きそば』とキャプテン・ビーフハート by 松永 良平
ESSAY / COLUMN
袋麺が好きだ。もっとピントを絞っていうと、日清焼きそばの袋麺タイプが好きだ。かれこれ40年以上は食べていると思う。
先日、友人のパーティーで何か麺を作ろうという話になり、だったらみんなでつまめるのは焼きそばだろうと意見が一致した。しかし、意見が分かれたのはそこからだ。スーパーで日清焼きそば10個入りのパックを買い物かごに入れた。
「じゃ次はもやしや豚肉だね」。そう言われたとき、心のなかに抵抗が生まれた。
なにいってるんだ。日清焼きそばは“具なし”だろう? もやしもキャベツも豚肉も玉ねぎもピーマンも、なんにもいらない。お湯で戻した麺に粉末状のソースをかけて、仕上げに付属の青のりをハラハラと振りかけて。ただそれだけでいい。足すものも引くものもない、日清“具なし”焼きそばという日本が世界に誇るお宝ジャンクフードの完成だよ!
……と主張しようと思ったら、友人は「チーズ、チーズ」とか言いながら、さっさと別のコーナーに行っていた。タコスに使うやつらしい。
「あの……、この焼きそばには、具は、要らないと思うんです」
追いかけて、ようやく出た言葉は、想定したよりかなり弱々しい主張になってしまった。「はあ? 具なしってなんだ? なめとんのか?」とは言われないまでも、その顔つきには「おい、大人の集まりだぞ」と書いてあった。そ、そうでした。すごすごと、もやし、キャベツ、豚バラを購入し、気持ちを入れ替えた。今日作る焼きそばには具が入っているけど、精神的には具なしなんだと、自分でもわけのわからないことを言い聞かせながら。
そもそも、ぼくと日清焼きそばの歴史は古い。油を使わずに簡単に作れるから、小学校高学年の頃には、おやつの感覚で作りはじめていたと思う。記憶に残る証言としては、小中学と同学年の友人だったTくんが中学時代を思い出して言った「良平さんの家に遊びに行くと、必ず青い丹前(どてらのこと)着て、日清焼きそばを食べよったなあ!」。
え? そうだっけ? と知らぬそぶりはできない。青い丹前は寒い季節によく着ていた。
Tくんは中学に進んだ頃からどんどん音楽好きになった。家に遊びに来るのは、たいてい買ったばかりのレコードを聴かせにくるか、ぼくが買ったり、貸しレコード屋で借りてダビングしたアルバムを聴きにくるのが用事だった。お小遣いも少ない田舎の中学生には、LPレコードを買える機会は限られていたから、友人同士の情報交換は重要だった。
Tくんがぼくに教えてくれた最大の衝撃は、RCサクセション。ライブ・アルバム『RHAPSODY』(1980年)を家に持ってきてくれた。そのときも、きっとぼくは日清焼きそばを食べながら彼を迎えただろう。
多感な中学時代、Tくんの音楽の好みはどんどん先鋭化していった。ぼくも『ミュージック・ライフ』を隅から隅まで読んでいたけど、彼はどうやら情報源として別の雑誌を読んでいるらしかった。あるとき、「良平さん、これ知っとるか」と1枚のLPを持ってきた。もちろん、その日もぼくは日清焼きそばを頬張っていただろう。
それは、『ミュージック・ライフ』で見た覚えはあるけど、よく知らないアルバムだった。「キャプテン・ビーフハートっていうんやけど」「うんうん」 「『烏と案山子とアイスクリーム』ってタイトルで」「うんうん、この人、おじいさんだね」。ジャケットに映るキャプテン・ビーフハートは、当時のぼくらよりはるかに歳上の老人に見えた。「伝説の人らしいんよ」「うんうん。聴いてみてよかね?」
針を落とすまでは、それまで聴いたこともないような理解不能のサウンドが出てくるのではないかとドキドキしていたが、流れてきたのは、ある意味では予想を覆すものだった。イントロはストストストっと軽快で、なんだか間の抜けたようなロックンロール。そしてすぐにビーフハートの、後ろから不意に人を脅かすような怒鳴り声(それが歌だった)が聴こえてきた。
Tくんは、聴いているぼくを少し不安げに見ていた。1曲目が終わる頃、ぼくは食べかけの日清焼きそばをすくって、口に運んだ。むしゃむしゃ。なんだこりゃ理解不能……、と思っていることを感づかれないよう、ぼくはもうひと口、焼きそばを食べた。田舎の小さな町の数少ないロック好き。ここで好みが違って関係が切れるのは避けたい。たぶん、Tくんもそう思っている。いや、念じてさえいる。しかし、デルタブルースのデの字も知らない中学生にはきつい時間が続いた。
そのときだった。
「あ、この曲、よかねえ」と、口から思わず声が出た。それは「Semi-Multicoloured Caucasian」というインストで、どこか人懐っこい雰囲気。ギターは相変わらずキャンキャンと鳴り、ドラムはドタバタとしていたが、ビーフハートは歌っていなかった。「うん、これは好きよ!」
その言葉を聞いた瞬間、Tくんは表情を崩した。のちに、細野晴臣が大瀧詠一をバンドに誘った際にバッファロー・スプリングフィールドの「フォー・ホワット」が入ったシングル盤を「こういうのをやりたい」と聴かせたが、大瀧さんが気に入ったのは間違えて聴いたB面のほうだったという逸話を知ったとき、「ああ、あのときのビーフハートと一緒じゃん」と身のほど知らずにも思った。
きっかけというのは不思議なもので、Tくんが「しばらく貸すけん」と置いていったビーフハートのアルバムを何度か聴くうちに、なんだかこの破綻したロックンロールがクセになり、やがてこれは単に崩れてるのではなく、明確で厳しい意志のもとに崩されて、もう一度組み立てられているのだと思うようになった。大学で上京し、ずっと欲しかった2枚組アルバム『Trout Mask Replica』を買った。
夏休みに帰省したある日、Tくんは「良平さん、これやるよ」とレコードを持ってきた。それは、あの日に初めて聴かせてもらった『烏と案山子とアイスクリーム』だった。その日に日清焼きそばを食べていたかどうかはもう忘れてしまったが、そのLPは今もぼくの家のレコード棚に収まっている。
ライター 松永 良平(まつなが りょうへい)
1968年熊本県生まれ、東京在住。ライター/編集/たまに翻訳。雑誌/ウェブを中心に記事執筆、インタビューなどを行う。著書に『20世紀グレーテスト・ヒッツ』(音楽出版社)『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(晶文社)。編著に『音楽マンガガイドブック』(DU BOOKS)など。翻訳書に『ブライアン・ウィルソン自伝』(DU BOOKS)『レッド・ダート・マリファナ』(国書刊行会)。映画『アザー・ミュージック』では字幕監修を務めた。雑誌『POPEYE』にて「ONGAKU三題噺」、音楽ナタリーにて「あの人に聞くデビューの話」連載中。自分の意思で買った最初のレコードは原田真二かCharになるはずだったが、弟の介入により世良公則&ツイストのファーストに。