【ポップの羅針盤】第7回 『虎に翼』と米津玄師「さよーならまたいつか!」が描いた晴れやかな「地獄」 by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

NHK連続テレビ小説『虎に翼』の最終回を観終えて、じんわりとした余韻に包まれながらこの原稿を書いている。

ここまで夢中になった朝ドラは、なかなかない。そんな声はあちらこちらから聞こえた。僕自身もそうだった。観ているうちに、どんどん惹き込まれた。なんと言ってもその理由は脚本家の吉田恵里香さんが手掛けたストーリーの“胆力”にあった。

 

主人公・猪爪寅子のモデルは日本初の女性裁判官、三淵嘉子。『虎に翼』は法律を真っ向から取り扱ったドラマで、そのテーマの根っこにはフェミニズムがある。「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と記す日本国憲法第14条の条文が、印象的な場面でたびたび映る。このメッセージがドラマの核心にある。

 

物語は、今では考えられないほどの女性差別が社会構造に埋め込まれていた戦前の日本で始まる。さまざまな理不尽に直面する寅子は、そのたびに口にする「はて?」という口癖と共に、道なき道を進む。ストーリーが進むにつれ、その抑圧の構造が今の社会でも解決されていない問題に繋がっていることが示される。物語には選択的夫婦別姓やLGBTQを巡る問題など沢山の社会的なイシューが盛り込まれている。人種やジェンダー、セクシュアリティなどさまざまなマイノリティーが登場し、透明化されていたさまざまな立場の人たちが、誰一人も“その他大勢”にならずに描かれる。

 

そういうシリアスで骨太なストーリーの一方で、小気味いいユーモラスなセリフの応酬も爽快だった。寅子を演じる伊藤沙莉を筆頭に、個性の強いキャラクターを演じる俳優陣の演技力も魅力的。エンターテインメントとしての熱量の高さが多くの人たちに浸透し広まっていった何よりの理由だと思う。

 

そして大きな感動につながったのが、米津玄師による主題歌「さよーならまたいつか!」だった。最終回では最後のシーンにフルバージョンでこの曲が流れた。大法廷の舞台に法服を来た寅子が立ち、曲の最後の「さよーならまたいつか!」というフレーズにあわせて“口パク”する笑顔のカットで終幕。それを見て改めて思ったのは、ドラマと主題歌が深く本質的なところで手を結びあっていたということだった。

 

「さよーならまたいつか!」には「人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る」というフレーズがある。「地獄」というのは『虎に翼』にとっても重要なキーワードだ。

 

物語の序盤、寅子の母親のはるは寅子に「地獄を見る覚悟はあるの?」と問いかける。お見合いをして結婚をすることが女の幸せだと繰り返し諭し、法律を学ぶことに反対してきたはるが、考えを変え、寅子に六法全書を買い与えた場面だ。「ある」と真っ直ぐに答えた寅子は、その言葉の通りの“地獄の道”の人生を歩む。

 

そして、最終回でその問いかけは晴れやかに回収される。イマジナリーな存在として登場するはるが「どう? 地獄の道は」と寅子に問いかけ、寅子は腕で頭の上に大きな丸を作って「最高! です!」と応える。

 

「人間誰しも、自分にしかわからない地獄みたいなものがあると思う」と、米津玄師はこの曲のインタビューで語っている。誰かに与えられた「あなたを思って」という言葉や、勝手に押し付けられた正解や、古びた規範の形骸や、いろんなことが、その人の生きづらさにつながっていく。その人の地獄を他の人が決めることはできない。

 

でも、自らの意志で選び取ってきたという確かな実感と共にあるときには、その地獄の道”は、その人にとっての他に代えがたい、とても大切なものになる。「他者に自分の人生を奪わせない」ということ。それはドラマが描いてきた大事なメッセージだ。主人公の寅子だけでなく、その家族や周囲の人々それぞれがそのことを体現している。

 

この曲で最後に歌われるのは「生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ さよーならまたいつか!」というフレーズ。軽やかに曲を引っ張ってきたスタッカートのストリングスが鳴って、さっと曲が終わる。とても痛快だと思う。

 

その痛快さが、沢山の人たちにちゃんと手渡された。そのことには大きな意義があったと思う。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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