【ポップの羅針盤】第6回 ザ・キラーズとマネスキン、フェスの主役がもたらした“ロックバンドの勝利” by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

不安はあった。でもそれは杞憂だった

 夏を振り返って、強く記憶に残っていること。それはいくつかの、快哉を叫びたくなるようなロックフェスのカタルシスの瞬間だった。

 今年はフジロックとサマーソニックに足を運んだ。どちらも海外アーティストをヘッドライナーに据えたフェスティバルだ。僕は初開催からほぼ毎年訪れている。

 ラインナップが発表されたときには、ワクワクする気持ちと同時に、ちょっとした不安もあった。今年はどうなるんだろう? どんなムードが生まれるんだろうか。それぞれのフェスは回を重ね、コロナ禍を乗り越えて、少しずつ変わってきている。そして日本の音楽カルチャーも変容してきている。フェスを巡るムードは順風満帆とは簡単に言えない状況だ。洋楽不況が叫ばれ、かつてに比べて海外の音楽シーンに熱量高くキャッチアップするリスナーの数が少なくなったのではないかという声もある。何より円安である。ブッキングの難易度は相当高くなっているはずだ。

 でも、フタを開けてみたら、そこには確かな熱狂があった。

 フジロックで最も印象に残ったのはザ・キラーズのステージだった。SZAの突然のキャンセルを受けて代役のヘッドライナーに抜擢された彼ら。すでにグラストンベリーやコーチェラなど世界中のフェスでトリをつとめてきたバンドだけれど、これまで日本ではその真価を発揮することは叶わずにいた。フジロックはデビュー・アルバム『Hot Fuss』をリリースし初来日を果たした2004年以来の20年ぶり。その間には無念の出演キャンセルもあった。これまでリリースしたアルバムはいずれも各国で大ヒットし、スタジアムでシンガロングを生むモンスターバンドになったけれど、比べて日本ではブレイクしたと言える状況には至っていなかった。でも、そんな歴史がようやく終わったような、新しいバンドとオーディエンスの絆が生まれたことを感じるような、華やかで感動的なショーだった。

 キーパーソンになったのは、中盤でステージに上がった一人のファンの「ワタル」だ。バンドTシャツを着て最前列で「Can I Drum!?」と書かれたプラカードを掲げていた彼。ザ・キラーズのライブでファンが飛び入りして「For Reasons Unknown」を叩くのは恒例のことなのだけれど、ブランドンと握手してドラムセットに座ったワタルのプレイは集まった全員の度肝を抜くくらいパワフルで上手かった。「こいつ、やるな」的な喜色満面の笑顔を見せたメンバー、オーディエンスの感嘆は、チアフルなムードとなって広がっていった。

 後日に知ったのだが、ワタルは海外のライブに行くほどのコアなザ・キラーズのファンで、Napeというバンドでドラム&ヴォーカルをしているミュージシャンだという。きっと彼にとっても一世一代の舞台だったはず。ザ・キラーズのライブが醸し出す晴れやかな高揚感を、彼の大きなガッツポーズがさらに増幅していた。桜色の紙吹雪が舞った本編ラストの“All These Things That I’ve Done”、そしてアンコールの大団円になった“Mr.Brightside”は、きっと、多くの人にとって忘れられない光景になったのではないかと思う。

 サマーソニックのヘッドライナーはマネスキンとブリング・ミー・ザ・ホライズン。筆者が特に大きく衝撃を受けたのはマネスキンのステージだった。開演前からアリーナはぎっしりと埋まり、スタンドも最後列まで超満員。個人的にはここまでの状況が生まれるとは予想してなかった。もちろん世界を席巻するバンドの勢いは本物だ。2022年に観たサマソニでのライブも素晴らしかった。でもメンバー4人の平均年齢は24歳だ。ブレイクからまだ間もない。加えて今年のサマソニはK-POPやボーイズグループなど強いファンダムを持つアーティストがラインナップに並び、チケットはソールドアウトしたが、フェスのムードとしてはいろんな属性の人たちが入り乱れるいつも以上にカオスな場という感触が強かった。だから、ヘッドライナーでスタジアムがひとつになるような一体感が生まれるというのはちょっと難しいんじゃないかと失礼ながら思っていた。

 でもそんなことは全然なかった。多くの曲でコール&レスポンスが巻き起こり、「Beggin’」などではスタンドのお客さんまでジャンプしていた。堂々たるロックスターとしてのカリスマ性だけで数万人のオーディエンスを虜にしていた。沢山のファンがステージに上って歓喜のままに踊り回った本編ラストの「KOOL KIDS」もスペシャルな瞬間だった。

 あふれる色気を放つヴォーカルのダミアーノを筆頭に4人それぞれ華のあるメンバーが揃ったのがマネスキンの魅力なのだけれど、特に覚醒と言ってもいいほどの変貌を遂げていたのがギターのトーマスだった。アンコールでトーマスがたっぷりと溜めながら弾いたエモーショナルなギターソロ、そこからのスケールの大きなロックバラード「THE LONELIEST」はハイライトのひとつだった。

 ザ・キラーズとマネスキンの二つのライブに感じたこと。それはただ単に素晴らしいライブだった、盛り上がった、というだけのことじゃない。大袈裟に言うならば、ロックフェスというカルチャーが持っている根源的なパワー、そしてこの先の可能性を信じることができるというような瞬間だったように思う。

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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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