【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第55回 「こなし」の達人の音楽とファッション by 青野賢一

ESSAY / COLUMN

〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。

小学生の終わり頃だったか中学生になっていたかは忘れてしまったが、わたしの部屋にはあるポスターが貼ってあった。そのポスターに写っているのは加藤和彦。アルバム『うたかたのオペラ』(1980)の帯とインナー・スリーヴに使われている、横向きで腕組みをした氏のモノクロームのポートレイトを大きく引き伸ばしたポスターである。初回特典というわけでなく、販促用としてレコード店に配布されたものが「ご自由にお持ちください」となっていたのを持ち帰ったように思う。これを壁ではなく天井––––寝るときにちょうど自分の真上にくる位置––––に貼った。写真撮影は鋤田正義である。

昔を振り返るテレビ番組などで耳にすることはあったが、「帰って来たヨッパライ」のザ・フォーク・クルセダーズも「タイムマシンにおねがい」のサディスティック・ミカ・バンドもリアルタイムでは触れていないわたしと加藤和彦との接点はYMO。当時の最新作である『うたかたのオペラ』にYMOの面々をはじめ、矢野顕子、大村憲司、ヒカシューの巻上公一らが参加しているのを知って入手したのだ。ベルリンの「ハンザ・バイ・ザ・ウォール」で録音された先鋭的で不思議なノスタルジーも持つサウンド、狂騒、秘密、哀愁、追憶といった言葉が浮かんでくる歌詞、ロシア・アヴァンギャルド的なアートワークと、すべてが格好よく、すぐにお気に入りのアルバムとなった。のちにジャケットが4種類あって、それらをつなげると歯車がずっと続いてゆくと知って、持っていないパターンのジャケットのものを中古盤で買い集めた(ので、我が家には同アルバムが複数枚存在する)。もちろん氏の佇まい、ファッションにも魅力を感じ、天井にポスターを貼っておこうと思ったのだった。

そんな12、3歳頃を経て、大学生になったわたしは原宿の「インターナショナルギャラリー ビームス」でアルバイトを始める。バイト時代だったか卒業して正社員になっていたかは記憶が定かではないが、あるときから氏はちょくちょく来店するようになった。当時、ビームスで年に2回開催していたロンドンのテーラーとシュー・メイカーのオーダー受注会が縁で、オーダー会以外のときも足を運んでくださっていたのだ。一般にイギリスの誂え服やドレス・シューズのイメージはかっちりと堅いものだと思うが、氏が纏うとそこに絶妙な優雅さが加わって実にファッションぽかったのをよく憶えている。「何を着ても加藤さんは加藤さんだなぁ」と。

後年の木村カエラをヴォーカルに据えたミカ・バンド復活のときにも、このことを痛感した。その日のコンサート時はシルクのプリント・シャツでステージに立っていた氏だが、終演後の関係者への挨拶には〈Thom Browne〉のスーツに着替えて臨んだ。〈Thom Browne〉は高橋幸宏さんが着ているのを見て買い求めたそうだが、トラウザーズのレングスをいわゆるトム・ブラウン丈でなく少し長めに取っていた。これはまさしく英国のビスポーク・スーツのバランス。「このこなし、実に加藤さんらしい」と感心してしまった。

英国のテーラードをファッションぽく見せたり、〈Thom Browne〉の服にイギリス的なエレガンスを加味したりというように、氏は「こなし」の達人であったわけだが、そうした傾向は音楽面、とりわけプロデュースやアレンジ仕事に早くから見てとれる。泉谷しげるの『光と影』(1973)の「君の便りは南風」におけるレゲエの本格導入(演奏はミカ・バンドのメンバー)、アグネス・ラム『With Love さよならは言わない』(1978)に収録の「ムーンライト・ベイ」のドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドの誰よりも早い大胆な引用など、日本のポピュラー・ミュージック・シーンで実験を行い、新しい風を吹かせた事実は語り継がれるべきであろう。音楽でも服でも発揮された、氏の「こなし」のすごさは、メディアから得た単なる情報ではなく、自身が好んだ旅における実体験を通じてのものであったのは重要である。もし今もご存命であったとしたら、どんな音楽を作り、どんな服を着ているだろうか。

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ライター 青野賢一 LINK

1968年東京生まれ。
ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。
現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。