【ポップの羅針盤】第1回 テイラー・スウィフトと「正しさ」の在り処について by 柴 那典

ESSAY / COLUMN

2024年は「テイラー・スウィフトが全てを手にした」年として記憶に残っていく予感がする。

グラミー賞では史上最多となる4度目の最優秀アルバム賞を受賞。そしてその翌週、過去最多の視聴者数を集めたスーパーボウルでもテイラー・スウィフトは主役となった。恋人のトラビス・ケルシーが所属するカンザスシティ・チーフスを応援する姿、そして試合後に勝利した恋人をキスで祝福する姿がニュースのヘッドラインを飾った。

 

しかも、驚くべきはそのふたつの晴れ舞台の合間に、東京で4日間のコンサートを行っているということ。すでに史上最大の興行収入を記録しているワールドツアー「The Eras Tour」の日本公演だ。筆者も観たが、本当に素晴らしいライブだった。全45曲、3時間20分という長い時間でありながら、ひと時たりとも観るものを飽きさせない。演出やセットの豪華さも含めてライブ・エンタテインメントの最高峰を体験するようなステージだった。

 

ツアーは世界38都市で151公演。これを毎日やっているのか。しかも多忙を極めるスケジュールの中で。そう考えると、その途方もなさに鳥肌が立つような思いすらした。

 

それだけじゃない。テイラー・スウィフトは、社会や政治のフィールドにおいても強い影響力を持つようになっている。

 

2023年11月に行われた米NBCニュースの世論調査に興味深い結果があった。テイラー・スウィフトの好感度は、アメリカ国民の40%が好意的、16%が否定的と、かなり高い。ポイントは、若い世代にも、彼女の同世代にも、老人にも、白人にも黒人にもラティーノにも支持されているということ。もちろん女性人気のほうが大きいけれど男性人気もある。人種を問わず、老若男女に愛されている。

 

そして何より特筆すべきは共和党支持者の間でも支持されているということだ。テイラー自身は民主党支持を表明している、つまりは政治的には“敵”であるにもかかわらず。これだけ政治的な分断が顕著になっている今のアメリカで、テイラー・スウィフトはその両方のサイドに呼びかける“声”を持っている。

 

なぜここまでテイラー・スウィフトはポップ・スターとして破格の存在になったのだろうか。

 

ドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』を観ると、その一端がわかる。冒頭からテイラーは自身の倫理観について語り、それが作品の大きなテーマになっている。政治的な立場を表明することを決める作中の重要なシーンにもこんな言葉がある。「正しいことをしたい。努力もせずに負けたくない」。

 

テイラーは当代随一のストーリーテラーだ。10代で経験した恋のリアルな感情を歌っていたデビュー当時から、自身に起こった数々の経験を歌にしてきた。そしてキャリアを重ね、『ミス・アメリカーナ』を経た『ラヴァー』やコロナ禍で制作した『フォークロア』あたりから、その作風は「アメリカという物語」へと射程を広げていった。たとえば「the last great american dynasty」で歌ったように、テイラー・スウィフトの物語は、そのままアメリカの現代史と重なって人々に共有された。

 

そうやって歩んできた道程の先に「スーパーボウルで勝利した恋人をキスで祝福する姿」がある。パーフェクトに歌い踊る3時間強のステージがある。分極化が進む世界において、対岸の誰かを糾弾することではなく「正しくある」ための理想的な姿がある。

 

だからこそ憧れの対象になる。そんな風に思った。



■Taylor Swift(テイラー・スウィフト)、ニュー・アルバム『The Tortured Poets Department』国内盤CDが4月20日リリース決定
詳しくはTOWER RECORDS ONLINEまで



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音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり) LINK

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 
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