【LIFE MUSIC. ~音は世につれ~】第25回 戦争とOriginal Love by 青野賢一
ESSAY / COLUMN
〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。
1991年のメジャー・デビュー・シングル「DEEP FRENCH KISS」、そして同年リリースのメジャー・デビュー・アルバム『LOVE! LOVE! & LOVE!』から数えて、2021年に30周年を迎えたOriginal Love。改めて経歴を調べているうち、1990年代の記憶が蘇ってきた。1991年は私が大学を卒業した年であり、また湾岸戦争があった年。1990年8月のイラクによるクウェート侵攻を端緒とし、国連安全保障理事会のイラクへのクウェート即時撤退要求や経済制裁決議を経て、1991年1月にはアメリカ軍を中心とする多国籍軍がイラクへの軍事的攻撃を開始して開戦となった湾岸戦争。その模様はテレビなどのメディアを通じてリアルタイムで報道されていたのをよく覚えている。この戦争のため、自主的だったか外務省の通達があったかは記憶が曖昧ではあるものの、日本からの海外渡航は敬遠されており、当然ながら大学生の卒業旅行などというものはほとんど難しかった。私は1987年、大学1年の夏から原宿の「インターナショナルギャラリー ビームス」という海外のモードを中心に品揃えしていた店でアルバイトをしていたので、湾岸戦争がなかったとしても卒業旅行には行かなかった(行けなかった)だろうが。
1991年は1987年頃から始まった日本のバブル経済崩壊の年でもある。しかしながらバブル期のうわついた躁状態のムードはその後しばらくは継続していた印象があって、バブル終焉を実際に感じるようになるのは1993、4年あたりではなかっただろうか。ちなみにバブル期を象徴する(ように語られてきた)東京・芝浦の大型ディスコ「ジュリアナ東京」のオープンが1991年、クローズは1994年、ジュリアナ東京に先んじて1989年にオープンした近隣の「芝浦ゴールド」は1995年まで営業を続けていた。私はジュリアナ東京に興味がなかったので足を運んだことはなかったが、ゴールドには何度もお邪魔した。1980年代後半にアンダーグラウンドなダンス・ミュージックとして登場したハウス・ミュージックが世界的にポピュラーな存在になり、それまでシーンの礎を築いてきたダンス・ミュージック専門のインディペンデント・レーベルだけでなく、メジャー・レーベルからもハウス・バージョンを収録した12インチ・シングルがリリースされるようになるのが1990年代前半。ゴールドのメイン・フロアではそんなさまざまなハウス・ミュージックをたっぷり楽しむことができた。このあたりが「ウォーター・フロント」と呼ばれ、最新スポットとしてもてはやされていた時代の話である。
湾岸エリアの大型ディスコ、クラブのクローズも相まって、東京のクラブ・シーンは1990年代中盤から「小箱」が活況を示す。「大箱」では空間映えするキャッチーでアップリフティングなハウス・ミュージックがかかることが多かったが、小箱のクラブでは人間味にあふれる1970年代のソウルやファンク、ジャズ、そしてそれらをサンプリング・ソースとしていたヒップホップなどが頻繁にプレイされ、人気を博した。時代の空気感は音楽の嗜好や人とのコミュニケーションに変化をもたらし、やがて2000年前後には「カフェ・ブーム」がやってくるのである。オリコン・チャート初登場1位を記録したOriginal Loveの4作目のアルバム『風の歌を聴け』のリリースは1994年のこと。これはそれまでの活動で培った人気に加え、前述のクラブ・シーンの音楽的傾向の変化ともシンクロしたことで――Original Loveの田島貴男は熱烈な’70sソウル・フリークである――、さらなるファンを獲得した結果ではないだろうか。
先ごろリリースされた20作目のアルバム『MUSIC, DANCE & LOVE』は、田島貴男が影響を受けてきた1970年代のソウル――なかでもマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドなどに代表されるメッセージ性の強い「ニュー・ソウル」と呼ばれたそれ――の匂いをふんだんに感じる内容だが、この背景にはロシアのウクライナ侵攻による戦争が関係しているという。これまでメッセージ性の高い楽曲をあえて発表してこなかった田島貴男が、多くの人が好きなものを手放さないでいられるような世界を希求した。湾岸戦争の年にメジャー・デビューを果たしたOriginal Love。ロシアが仕掛けた戦争と新型コロナウイルスのパンデミック下に放ったアルバムは、力強さと優しさと躍動感に満ちた「2022年のニュー・ソウル」とでも呼びたくなる作品である。ダンス・フロアで聴いてみたいものだ。